選挙が終わってしばらく経ちました。

今回の選挙で、多くの人が口にしたキーワードの一つは「戦争」であったように思います。片や「戦争させるわけにはいかない」と言う人がいれば、片や「誰も戦争なんて望んでいない」と返す人もいました。どちらの言葉も、それ自体は間違っていないのだろうと思います。

ただ、「誰も望んでいない」という言葉には、一つの問いを浮かんできます。それは、そのように望んでいないにも関わらず、なぜ戦争は繰り返されてきたのか、という問いです。そのようなことを考えると、個人の意志とは別に、戦争によって利益を得る構造——軍需産業、政治的な求心力、国際的な力学——が存在してきたことは、否定しにくい現実であるように思います。「誰も望んでいない」と「それでも起きる」は、矛盾しているようで、両立しうるのです。

そのようなことを考えさせられる時代だからこそ、エレミヤ書を開きたいと思います。

「平和、平和」と言うが、平和はない

エレミヤが活動したのは、紀元前7世紀から6世紀にかけての南ユダ王国(イスラエルが北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂した時の呼称です)です。東にはバビロニア帝国という巨大な脅威があり、国の存続が問われていた時代でした。

そのような状況の中で、民衆が求めていたのは安心できる言葉でした。「神が守ってくださる」「この危機は乗り越えられる」「平和が来る」——そういったメッセージを語る預言者たちが多く現れたのは、ある意味で自然なことです。

彼らは、手軽にわたしの民の傷をいやし、平安がないのに『平安、平安』と言っている。

エレミヤ書6章14節(口語訳聖書)

エレミヤはこれを偽預言と断じました。しかし注意したいのは、偽預言者たちが必ずしも意識的に嘘をついていたわけではない、という点です。彼らも本気でそう信じていた可能性はあります。ただ、彼らの言葉は、都合のよい現実認識に基づいていたものと思われます。そしてその言葉は、権力者にも民衆にも歓迎されました。

エレミヤのメッセージが「おかしく聞こえた」理由

エレミヤが語ったのは、その逆でした。「バビロンに降伏せよ」——これが彼のメッセージの核心でした。

この言葉が、当時の人々にどう聞こえたかを、少し丁寧に考える必要があります。

まず、国家としての誇りと自衛の観点から見れば、降伏は裏切りに等しい選択です。外敵の前に膝を屈することを、国を愛する人間が素直に受け入れられるはずはありません。実際、エレミヤはまるで「国賊」かのように、「士気を損なう者」として告発されています。

すると、つかさたちは王に言った、「この人を殺してください。このような言葉をのべて、この町に残っている兵士の手と、すべての民の手を弱くしているからです。この人は民の安泰を求めないで、その災を求めているのです」。

エレミヤ書38章4節(口語訳聖書)

次に、信仰の観点からも、エレミヤのメッセージは受け入れがたいものでした。「主の神殿がここにある」(7:4)という言葉が繰り返されていたように、エルサレムとその神殿は神の守護の象徴でした。その地を捨てて降伏せよというのは、信仰的に見ても不自然に聞こえます。

さらに、政治的・軍事的な判断として見ても、降伏が最善策であるという根拠を示すことは困難です。抵抗することで状況が変わるかもしれない——そう考えることは、決して非合理的ではありません。

つまり、エレミヤのメッセージは、人間的な常識のほぼあらゆる面から見て、受け入れがたいものでした。偽預言者の「平和、平和」という言葉の方が、はるかに「まとも」に聞こえたはずです。エレミヤが孤立したのは、彼の言葉が感情的に不快だったからというよりも、あらゆる合理的・倫理的・信仰的な基準から見て、受け入れにくかったからです。

「剣を取るものは剣で滅びる」——抵抗がもたらしたもの

では、エレミヤの警告を無視した結果、実際に何が起きたのでしょうか。

ユダはバビロンへの抵抗を選びました。そのために、周辺諸国、特にエジプトと同盟を結ぼうとします。大国バビロンに対して単独では戦えないため、外交的な包囲網を作ろうとしたわけです。エレミヤはこの動きも強く批判しています。

あなたがナイルの水を飲もうとして、エジプトへ行くのは何のためか。

エレミヤ書2章18節(口語訳聖書)

イスラエルの神、主はこう言われる、あなたがたをつかわしてわたしに求めたユダの王にこう言いなさい、『あなたがたを救うために出てきたパロの軍勢はその国エジプトに帰ろうとしている。』

エレミヤ書37章7節(口語訳聖書)

このようなエジプトとの同盟に靡こうとする民をたしなむ言葉が繰り返されます。

しかし結果は、周知のとおりです。同盟は機能せず、バビロンの軍勢はエルサレムを包囲し、陥落させました。神殿は破壊され、多くの民が殺され、残った者はバビロンへ連れ去られました。

ここで問いたいのは、もし早い段階で降伏していたならば、という仮定です。もちろん歴史に「もし」はありません。しかし実際、バビロン捕囚の後も、連れ去られた人々は生き延び、やがて帰還を果たしています。徹底的な抵抗が招いたのは、降伏では避けられたかもしれない、あれほどの破壊と殺戮でした。

抵抗することが、結果的により大きな悲惨を招いた——これは単なる歴史的な皮肉ではなく、エレミヤが語り続けた警告の、あまりにも痛ましい成就です。

イエスはゲツセマネの園で弟子が剣を抜いたとき、こう言われました。『剣を取るものは剣で滅びる』(マタイ26:52)。この言葉は単なる道徳的な格言ではなく、力による対抗が、より大きな暴力を呼び込むという、歴史を貫く構造への洞察として読むことができます。実際、イエスの死後まもなく勃発したユダヤ戦争(66-70年)では、ローマへの武力抵抗を選んだ結果、エルサレムは再び壊滅し、神殿は完全に破壊されました。エレミヤの時代から数百年を経ても、同じ構造が繰り返されたのです。

降伏勧告の神学的な意味

ここで一つ注意が必要です。エレミヤの降伏勧告は、単純な平和主義や非暴力の原則から来ているわけではありません。

エレミヤの確信の核心は、「バビロンは神の裁きの道具である」という神学的認識にありました(エレミヤ25:9)。つまり、バビロンの脅威に対して人間的な力で抗うことは、神が働いておられる方向に逆らうことだ、という理解です。

これはイザヤ書でも同様の視点が見られます。「助けを得るためにエジプトに下り、馬にたよる者はわざわいだ。彼らは戦車が多いので、これに信頼し、騎兵がはなはだ強いので、これに信頼する」(イザヤ31:1)。

ここで批判されているのは、神への信頼に代わって、軍事的な力の結集に希望を置くことです。同盟を結び、戦力を整えることそのものが問題なのではなく、神から離れて人間的な手段に全面的に依存することへの警告です。

したがって、エレミヤを通して語られた神のことばは、「抵抗しなければよい」という単純な教訓ではありません。むしろ問われているのは、「わたしたちは何に、あるいは誰に信頼を置いているか」という、より根本的な問いです。

それでも語らずにはいられなかった

そのような状況の中で、エレミヤ自身が何を感じていたかが、20章に記されています。

主よ、あなたがわたしを欺かれたので、わたしはその欺きに従いました。あなたはわたしよりも強いので、わたしを説き伏せられたのです。わたしは一日中、物笑いとなり、人はみなわたしをあざけります。

エレミヤ書20章7節(口語訳聖書)

これは神への怒りと嘆きです。預言者という召命を受けたことへの、率直な苦情と言ってもいいかもしれません。

もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火のわが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。

エレミヤ書20章9節(口語訳聖書)

エレミヤは語ることをやめようとしていました。それは意志の弱さではなく、語り続けることの代価があまりにも大きかったからです。しかし、それでも語ることをやめられなかった——この箇所は、真の預言者の苦悩を、これ以上ないほど正直に描いています。

ここで重要なのは、エレミヤが「正しいことを語る義務感」によって動いていたわけではない、という点です。彼は語ることに疲れ、やめたかった。それでも語らずにいられなかった。この「耐えることができない」という感覚こそが、彼を動かしていたものです。

現代への問い

話を現代に戻します。

「誰も戦争を望んでいない」という言葉は、おそらく多くの場面で誠実に語られています。しかし、その言葉が「平和、平和」と同じ機能を果たしていないか——つまり、不都合な現実から目を背けさせていないか——という問いは、持ち続ける必要があるように思います。

また、安全保障のために軍事力を強化し、同盟関係を構築することが、本当に平和への道なのかという問いも、エレミヤの時代と無関係ではありません。エレミヤが語りかけた民が経験したのは、武力による対抗姿勢を示したことで、より大きな悲惨を招いたという現実でした。「剣を取るものは剣で滅びる」——この言葉は、二千年以上の時を越えて、今日の状況にも問いを投げかけています。

もちろん、現代の国際政治に聖書の原則をそのまま当てはめることには慎重であるべきです。しかし少なくとも、力の結集が平和を保証するという前提を、無条件に受け入れることへの問いを、教会は持ち続けるべきだと思います。

そしてその問いを語ることは、孤独な作業かもしれません。エレミヤがそうであったように、時代の空気に逆らう言葉は、しばしば受け入れられません。それでも語らずにいられないとしたら、それは使命感からだけではなく、もっと根深いところから来るものなのだと思います。