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「コリント人への手紙第一」の記事一覧

栄化とは何か
これまで、罪・贖罪・義認・聖化と見てきましたが、今回で「救いとは何か」シリーズは最終回になります。 …
聖化とは何か――キリストにあって生きる
「救いとは何か」シリーズの第5回。これまで、罪・贖罪・義認について考えてきました。 第3回で扱った義認…
日本の宣教はなぜ実を結ばなかったのか(1)
日本におけるキリスト教の宣教は、150年を超える歴史を持ちながら、クリスチャンの人口比はおおよそ1%にと…
土を整え、花粉を集める
今年から借りた畑で、本格的な農作業のシーズンに入りました。といっても、初級者らしく、はじめは無理の…
【第7回】新しい創造――世界の終わりか、刷新か
「世界は滅びるのか、それとも刷新されるのか」 終末について考えるとき、この問いは避けて通れません。ハ…
【第5回】からだの復活——朽ちることのない命へ
「魂が天国に行く」だけでは足りない 「人は死後、どうなるのか」——これはキリスト者にとって、避けて通れ…
【第4回】キリストの死・復活・昇天——過去の出来事が終末論を動かす
終末論は「未来の話」ではない 「終末論」という言葉を聞くと、多くの人は未来の出来事——再臨、最後の審判…
【第2回】「すでに」と「いまだ」のあいだで生きる——パウロが描く二つの時代と二つの領域
終末論の「地図」 前回の記事では、ディスペンセーショナリズムが広めた「預言の年表」という終末論の誤解…
【第1回】終末論はなぜ誤解されるのか——パウロが語る「希望と栄光」から問い直す
「終末論」という言葉を聞いたとき、何を思い浮かべるでしょうか。 携挙。大患難時代。ハルマゲドン。信者…