新約聖書学者C.A.エバハルトが、イエスの死の意味、とくに贖罪の理解を、旧約聖書の犠牲祭儀の再検討を通して問い直した書である。原著は2011年、邦訳は2025年。約160頁の本書は、多くの分量が割かれる第1章で旧約の犠牲祭儀を緻密に検討し、その成果を第2章で新約のイエス理解に適用するという構成をとる。

本書の核心は、伝統的に「身代わり」として理解されてきたイエスの死を、ヘブライ語聖書の犠牲祭儀の実際から読み直すと、この理解は支持されない、と結論づける点にある。著者によれば、旧約の犠牲祭儀は必ずしも屠殺を伴うものではなく、穀物の献げ物のように従来の研究で軽視されてきた祭儀をも含む複合的な制度である。著者は「『代償』(substitution)という概念は、ヘブライ語聖書の犠牲祭儀からは生じない」(87頁)と明言する。第2章ではこの旧約理解を踏まえ、「血」「ヒラステーリオン」「小羊」など新約の犠牲関連語が再検討され、イエスの死が身代わりではなく、より複合的な出来事として位置づけ直される。

本書の結論は、刑罰代償説に立つ伝統的なプロテスタント諸派にとっては挑戦的なものとなるだろう。訳者あとがきもこの点を明示している。しかし、著者の議論は副題(Understanding Atonement Biblically)が示すとおり、聖書テクストに基づく手続きを踏んでおり、反論する側にも同水準の聖書的論証が要求される、という構えで書かれている。

イエスの贖罪をめぐる現代の議論の中で、聖書テクストに即した再考の試みとして本書は重要な位置を占める。刑罰代償説の伝統に親しんできた読者にとって、その立場を聖書的に再吟味する材料となるだろう。浅野淳博『死と命のメタファ』など、同じ問題圏を別角度から扱う書と併読することで、現代の贖罪論の地形が立体的に見えてくる。