そうこうしているうちに、ついに旅立ちの日がやってきた。 持ち物は、大きなキャリーケース一つと、パンパンに膨らんだバックパック。私のこれからの生活のすべてが、その二つのバッグに詰め込まれていた。
乏しい情報と、重たすぎる「武装」
当時はまだ、今のようにYouTubeを開けば現地の様子が手に取るようにわかる時代ではない。事前情報は驚くほど乏しかった。唯一の頼りとしてバッグに忍ばせたのは、一冊の『地球の歩き方』と、数本の日焼け止め。結局、そのどちらも最後まで使うことはほとんどなかったのだが、当時の私にとってはそれが精一杯の「武装」だったのだ。
荷物の中で、ひときわ重く、そして存在感を放っていたのは、一冊のバイリンガル聖書だった。 分厚くて、ずっしりと重い。今なら「インターネットで検索すればいい」と割り切れるだろう。しかし、当時の私はどこまでも生真面目だった。この重みこそが、神学生として異国の地へ向かう覚悟の重みであるかのように感じていたのかもしれない。
そして、成田へ向かう直前、私はSNSに短い投稿をした。 「しばらく、連絡が取れなくなります」――。 それは、慣れ親しんだ日本での人間関係や日常から一度身を切り、未知の世界へ飛び込むための、自分なりの「決意表明」である。
桜の蕾と、成田への道
日本はもう冬を脱し、春の気配に包まれていた。 成田空港までの道のり。1年間お世話になった教会のご家族が、わざわざ車で送り届けてくださった。 周囲にオーストラリア行きを応援してくれる人が少なかった中で、その方々の存在は大きな励ましであった。 「必ず、最高のお土産を買って帰ろう。」 車窓を流れる、淡い春色の日本の景色。私は心の中で密かにそう誓っていた。ご家族の優しさに触れ、帰国したら、よい報告ができたらいいなと思いつつ、それが温かな責任となったように思う。
ゲートの向こう側、初めての国際線
成田空港には、これまで何度も留学生の送り迎えのために訪れていた。しかし、自分の航空券を手に、保安検査場のゲートをくぐるのはこれが初めてのことだ。 国内線よりも厳しいチェックを受けながら、期待で胸が膨らんだ。しかし、これまでの常識や甘えが一切通用しない、もっと厳しい道が待っているとは、その時は想像すらしていなかった。
「いってらっしゃい」
係員の事務的な言葉とともにゲートを越えた瞬間、私の背後で、目に見えない「日本の自動ドア」が静かに、しかし決定的に閉まったような気がした。
ケアンズの洗礼、そして目的地へ
搭乗したのは、格安航空のLCC。決して快適とは言えない狭い座席に身を縮め、約6時間のフライトに耐える。機内の乾燥した空気と格闘しながら、飛行機はまず経由地であるケアンズに到着した。
タラップを降りた瞬間、全身を包み込んだのは、これまで経験したことのないような濃厚な熱気だった。 サウナの扉を開けた時のような熱い風。むせ返るような南国の匂いと、日本のそれとは強さが全く違う、剥き出しの太陽。 「いよいよ、始まってしまった」――。 あまりの非日常感に、私は夢中でシャッターを切り続けた。見るものすべてが新しく、輝いて見えた。あの時のメモリーカードには、期待というフィルターを通したケアンズの景色が、溢れんばかりに記録されている。
しかし、この熱気にいつまでも浸っているわけにはいかなかった。ここはまだ、旅の序章に過ぎない。本当の目的地は、さらに数時間、南にフライトした先にある。そして、国内線へと乗り継ぎ、機窓から見える赤茶けた大地を眺めているうちに、ついにその時がやってきた。
そこは、オーストラリア第三の都市——ブリスベン。
