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「自分で自分を造らなくていい」という安らぎ
「私たちはどこから来て、何のために生きているのか?」 聖書の最初の書である『創世記』には、「初めに、…
祝福再考—傷跡さえも、祝福と呼べるなら
「祝福」とは、一体何でしょうか。聖書の中ではお馴染みのフレーズであると同時に、最近ではニュースなど…
泰斗の視点を自分のデスクで〜Logosを使って「タマルの本当の願い」を再発見する〜
昨日の記事でご紹介した、村岡崇光先生の著書『聖書を原語で読んでみてはじめてわかること』。 そこで語ら…
【Book Review】村岡崇光『聖書を原語で読んでみてはじめてわかること』(いのちのことば社、2019年)
本書は、聖書原語と古代語訳研究者の泰斗、村岡氏による聖書原語の深みを伝える一般書です。冒頭でも「学…
【考察】なぜまずユダヤ人に語られなければならなかったのか?—使徒の働き13章43節を中心に—
パウロは一般的に「異邦人」(簡単に言えば、ユダヤ人ではない人)に対する使徒として知られている人物で…
さばいてはならない?!—神のさばきと人間のさばき—
イエスの教えの中でも有名なものの一つに「さばいてはならない」というものがあります。 1人をさばくな。…
聖書における「トーブ」
聖書における「トーブ(ט֥וֹב)」
 聖書の中で、ヘブル語「トーブ」の用法に注目することは重要だと思われます。この言葉は、一般的に「良…
その木から食べる「とき」
 創世記の冒頭で、人間にある戒めが与えられます。それは、エデンの園にある食物の中で「善悪の知識の木…
ソドムとゴモラ
 創世記18-19章に「ソドムとゴモラ」という町が滅ぼされるという出来事が記されています。この話は一般的…