パウロの書簡の中でも、『エペソ人への手紙』(以下、エペソ書)は、その教理の深さと壮大なスケールで多くのクリスチャンを魅了してきました。「恵みによる救い」(2:8)や「神の武具」(6:11-17)など、愛唱される聖句も数多く含まれています。
しかし、新約聖書学の分野において、この手紙は激しい論争の的となってきました。今回は、近年のパウロ研究の動向を踏まえながら、エペソ書をめぐる「真筆性(誰が書いたのか)」の議論と、この手紙が持つ圧倒的な神学的重要性について、概観したいと思います。
1. パウロは本当に書いたのか?(真筆性をめぐる論争)
実は、現代の聖書学者の多くは、エペソ書を「パウロの死後に、彼の弟子や『パウロ学派』の誰かがパウロの名を借りて書いたもの(擬似書簡)」と考えてきました。その主な理由は以下の通りです。
- 非個人的なトーン: 『使徒の働き』によれば、パウロはエペソに長期間滞在し、深い関係を築いていました。しかしこの手紙には、手紙を運んだティキコ(6:21)を除けば、特定の個人への挨拶がまったくありません。
- 文体の違い:ローマ書やガラテヤ書などに見られるパウロ特有の文体とは異なり、エペソ書は非常に冗長で、冒頭に長い感謝の祈りが連なるなど装飾的な言葉が使われています。
- 神学の重点の変化: さらに、神学的な焦点や議論の構造もパウロの他の手紙とは異なっていると指摘されてきました。
こうした理由から、「これは歴史上のパウロが書いたものではない」というのが、学界における一つのコンセンサスとなってきました。
2. 「チーム執筆」とパウロの神学の広がり
しかし、ここ数十年で、このコンセンサスに鋭い疑問を投げかける学者が次々と現れています。
たとえば、新約聖書学者のルーク・ティモシー・ジョンソン(Luke Timothy Johnson)は、「パウロが書斎で一人で手紙を書いた」という近代的な思い込みを批判します。彼によれば、パウロの手紙は彼のミニストリーチームによって共同で形作られ、書記(代筆者)の手を経て完成したものであり、その多様性はチームの関与や状況の違いによるものだと説明できます。
ちなみに、パウロ書簡の真筆性について、上下2巻にわたる大著を書いているのが、まさにルーク・ティモシー・ジョンソンです。伝統的に「パウロ書簡」と言われる13書簡は、パウロ本人が書いたわけではないにせよ、パウロによって『承認(authorize)』されて送り出されたという意味において、パウロの著作(真正な手紙)である、と彼は指摘しています。
さらに、神学的な違いについても、N. T. ライト(N. T. Wright)らが力強く反論しています。ライトは、エペソ書が書かれた歴史的・地理的な文脈をリアルに想像し、次のように指摘します。
If the Paul who had already written Galatians and 1 Corinthians, and would shortly write Philippians, Colossians and Philemon, to be followed by 2 Corinthians and above all Romans, were in prison in Ephesus, and were to decide to write a circular to be sent to all the churches in the region, adopting the somewhat florid Asiatic style but incorporating much of his basic teaching in summary form, it is easy to imagine Ephesians as the result.[…]Like most things in ancient history, this hypothesis remains unprovable, putting six and six together and making fifteen. But twelve out of fifteen isn’t bad. A lot better than imposing a nineteenth-century liberal protestantism on Paul and then declaring that Ephesians doesn’t fit.
N. T. Wright, Paul and the Faithfulness of God, vol. 4, Christian Origins and the Question of God (Minneapolis: Fortress Press, 2013), 1514–1515.
[拙訳]もし、ガラテヤ書と第一コリント書を書き終えたばかりで、間もなくピリピ書、コロサイ書、ピレモン書を書き、その後に第二コリント書、そして何よりもローマ書を書くことになるその人物〔パウロ〕が、エペソの獄中にあり、この地域のすべての教会に宛てた回覧書簡を書こうと決意し、やや華美なアジア的文体を採用しつつも、自身の基本的な教えの多くを要約の形で組み込んだとしたら、その結果として『エペソ書』が生まれることは容易に想像がつくのである。(中略)古代史の多くの事柄がそうであるように、この仮説も証明不可能なままであり、『6と6を足して15にする』ようなものである。しかし、15のうち12まで合っているなら悪くはない。19世紀の自由主義プロテスタントの枠組みをパウロに押し付け、それに合わないからといって『エペソ書はパウロの作ではない』と切り捨てるよりは、はるかにマシである。
※ライトの文章はウィットに富んでいて、わかりづらいことがあります。今回は、英語のイディオムがピンと来なかったので、調べたところによると、こうなるようです。
- putting six and six together and making fifteen
英語の慣用句「put two and two together(2と2を足して4にする=手元の情報から論理的な推論を導き出す)」をもじった表現。ライトは自嘲気味に、「自分のこの歴史的推測も、6+6=12ではなく15にしてしまうような(証拠から少し飛躍した)ものだ」と認めている。 - But twelve out of fifteen isn’t bad / A lot better than…
ライトの皮肉。「自分の推測が多少飛躍(15)していたとしても、そのうち12まで理にかなっているなら上出来だ。少なくとも、近代の自由主義神学という全く関係のないレンズをパウロに押し付けておきながら、『エペソ書はパウロっぽくないから偽物だ!』と宣言する学者たちのやり方よりは100倍マシである」と、痛烈に批判して締めくくってる。
このライトの指摘からも感じられるように、必ずしもエペソ書が「真筆」であるというコンセンサスがあるわけではありませんが、一概に偽名書簡とするのもおかしい、という論調はよく理解できるように思います。
パウロは決して、一つのパターンの神学しか語れない不器用な神学者ではありませんでした。文体や強調点が変わっているのは、彼が「偽物」だからではなく、彼がその地域(アジア州)の文化や教会の必要に合わせて、最もふさわしい言葉で福音の真理を語り直した「本物の使徒」だからなのだ、ということも言えるように思います。
3. エペソ書の真のメッセージ:「諸力」に対する神の勝利
では、エペソ書が本当に伝えたかったパウロのメッセージとは何でしょうか。
神学者のティモシー・ゴンビス(Timothy G. Gombis)は、エペソ書の冒頭(1:19)と結び(6:10)に配置された「その力強い活動(the strength of his power)」という言葉に注目し、手紙全体を包み込むテーマ(インクルージオ)が「敵対する宇宙的諸力に対する、神の勝利」であると主張しています。
エペソ書におけるパウロは、神がキリストを通して、この世の目に見えない霊的な諸力を打ち負かし、ご自身の勝利を確立されたという壮大なストーリーを描き出しているのです。
4. 結び:私たちの生きる現実への力
エペソ書は、単なる抽象的な神学書ではありません。キリストがすでに宇宙の「諸力」に勝利しているという宣言は、当時のローマ帝国の権力や、圧倒的な異教文化の中で生きる信者たちにとって、命を支える希望のメッセージでした。
エペソ書は、パウロが描く福音の「圧倒的なスケール感」を私たちに教えてくれます。私たちが信じているキリストは、単に個人の心を慰めるだけでなく、宇宙のすべての権威の上に立つ、真の王なのです。
【参考文献】
- Timothy G. Gombis, “Ephesians,” in The State of Pauline Studies: A Survey of Recent Research, ed. Nijay K. Gupta, Scot McKnight, and Erin M. Heim (Grand Rapids, MI: Baker Academic, 2024).
- Luke Timothy Johnson, Constructing Paul, vol. 1 of The Canonical Paul (Grand Rapids: Eerdmans, 2020).
- N. T. Wright, Paul and the Faithfulness of God, Christian Origins and the Question of God 4 (Minneapolis: Fortress, 2013).
