「パウロはユダヤ教を捨てた人だ」——そんなイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。かつてパリサイ派として律法を守り抜いたパウロが、ダマスコ途上でイエスに出会い、ユダヤ教と完全に決別してキリスト者になった、という物語です。でも、実はそれほど単純ではないことが、近年の聖書学研究でわかってきました。
今回は、Nijay K. Gupta、Erin M. Heim、Scot McKnight 編の学術書 『The State of Pauline Studies: A Survey of Recent Research』(Baker Academic, 2024)所収の、Kent L. Yinger による第2章「Paul and Judaism(パウロとユダヤ教)」を参考に、この問いを考えてみたいと思います。
長年の「常識」——パウロはユダヤ教を拒絶した
古代教会の時代から、パウロはユダヤ教と決別した人物として理解されてきました。教父イグナティオスは「イエス・キリストを語りながらユダヤ教を実践することはおかしい」とさえ書いています。ルターもローマ・カトリックへの批判の文脈で、ユダヤ教を「律法主義」の象徴として捉え、パウロはその律法主義から人々を解放した人物として考えていました。
この「常識」は20世紀後半まで支配的でしたが、その後、この見方への疑問の声が上がってきます。
転換点——「パウロの新視点」の登場
1977年、E. P. サンダースは著書 “Paul and Palestinian Judaism” で、1世紀のユダヤ教が「律法主義」ではなく「恵みの宗教」だったことを論証しました。これは聖書学の世界に大きな波紋を投げかけます。もしユダヤ教が恵みの宗教だったとしたら、パウロは何に反対していたのでしょうか?
この問いを受けて、クリスター・ステンダール、ジェームズ・ダン、N. T. ライトらが「パウロ新視点(New Perspective on Paul:NPP)」を展開します。彼らの主張の核心は、パウロが批判していたのはユダヤ教の「行いによる救い」ではなく、ユダヤ人だけに閉じた「民族中心主義(エスノセントリズム)」だったというものです。パウロは異邦人にも救いの門を開くため、割礼や食物規定といった「境界線」に挑戦したのです。
この視点で読むと、パウロはユダヤ教を捨てたのではなく、ユダヤ教本来の召命——「諸国民の光となる」——を最も真剣に生きようとした人物だった、ということになります。
さらに踏み込んだ問い——「パウロはユダヤ教の内側にいた」
近年はさらに一歩進んで、「パウロとその共同体はユダヤ教から分離していなかった」と主張する学者たちも現れています。パメラ・アイゼンバウム(Pamela Eisenbaum)は著書 “Paul Was Not a Christian“(HarperOne, 2009)の中で、パウロは、終末的な民族大集合がイエスの復活によってすでに始まったと信じていただけで、それ以外の点ではごく普通のユダヤ人だったと論じます。この終末的な民族大集合とは、旧約聖書で繰り返される「すべての民がイスラエルの神のもとに集まってくる」というビジョンの実現です。それゆえに、パウロはユダヤ教から外れたのではなく、ユダヤ教の終末的希望を誰よりも真剣に生きたということになります。
マーク・ナノスも、パウロの律法批判は異邦人信者に向けられたものであり、ユダヤ人のイエス信者はトーラー遵守を続けていた、と主張します。こうした「Paul within Judaism」と呼ばれる立場は少数派ですが、真剣に受け止められる議論を提示しています。
パウロ自身は何と言っているか
では、パウロの手紙を直接読むとどうなるでしょうか。確かに彼は「わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。」(ピリピ 3:8)とかつてのユダヤ人としての誇りを相対化しています。また「ユダヤ教を信じていたころのわたしの行動」(ガラテヤ 1:13)という表現も使います。
しかし、その一方で、「わたしの兄弟、肉による同族」(ローマ 9:3)とイスラエルへの深い愛着を示し、異邦人の信者たちをユダヤのオリーブの木に「接ぎ木された枝」(ローマ 11:17–24)と描写します。律法については「律法そのものは聖なるもの」(ローマ 7:12)とも言っています。
このような一連のパウロの言葉は、もしかしたら矛盾しているように見えるかもしれません。 しかし、それがパウロの複雑さであり、また豊かさでもあります。Yinger はこのように指摘しています。
the momentum in Pauline scholarship is undoubtedly toward a Paul who is more comfortable in his Jewish skin than the older consensus allowed.
[拙訳]パウロのユダヤ教との関係は今も主要な論争点であり続けており、近年の聖書学の勢いは確実に、パウロがより自分のユダヤ人としてのアイデンティティに居心地よくいた方向へと向かっている。
Kent L. Yinger, “Paul and Judaism,” in The State of Pauline Studies: A Survey of Recent Research, ed. Nijay K. Gupta, Scot McKnight, and Erin M. Heim (Grand Rapids, MI: Baker Academic: A Division of Baker Publishing Group, 2024), 25.
私たちにとっての意味
「パウロはユダヤ教を捨てた」という単純な物語から離れてみると、信仰のあり方について新しい問いが見えてきます。パウロにとってイエスとの出会いは、過去を全否定する「宗教の乗り換え」ではなく、自分のアイデンティティと神の召命が根本から問い直され、再編成される出来事だったのかもしれません。
私たちも同じではないでしょうか。信仰に生きるとき、自分の文化、背景、アイデンティティを「捨てる」必要があるのか、それとも「キリストにあって再び意味を与えられる」のか——パウロの問いは、今を生きる私たちへの問いでもあります。
【参考文献】
Kent L. Yinger, “Paul and Judaism,” in Nijay K. Gupta, Erin M. Heim, and Scot McKnight, eds., The State of Pauline Studies: A Survey of Recent Research (Grand Rapids: Baker Academic, 2024), pp. 41–115.
