アイドル、推し活、陰謀論、性格診断。一見ばらばらに見える現代の風景を、「物語」という一語のもとに束ねて描き出した長編小説。ファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側という、世代も立場も異なる三人の視点から、人の心を動かす「物語」の功罪が炙り出されていく。
物語は両義的に描かれる。アイドルの運営は、ファンに「物語」を与えることで、単なる消費者を「信者」へと変え、視野狭窄に陥らせていく。しかし本書がすぐれているのは、その視線を、熱狂を見下ろす運営の側にも返してしまう点にある。誰も物語の外には立てない。そして物語に没入する者の多くは、自分が囚われていることを知りながら、それでも抜け出せない。なぜなら、そうした麻薬的なものなしには耐えられないほど、現実が苦しいからである。本書はこの視野狭窄を、一面的に断罪しない。同じ熱狂が、ある者を破滅させ、ある者を生かす。救いと破滅は、外から見分けがつかないものとして描かれる。
本書は信仰を主題とした小説ではない。だが、「人は完全な無宗教では生きられない」「道標が欲しい、何でもいいから」という作中の言葉が示すように、現代における宗教性そのものを射程に収めている。タイトルが示唆するのは、私たちは皆、形を変えた巨大な教会の中にいる、という認識である。それゆえ本書は、信仰に生きる者にこそ鋭い問いを突きつける。キリストへの信仰は、救いなのか、それとも、より洗練された視野狭窄なのか。
2026年本屋大賞を受賞し、広く読まれている一冊だが、その射程は現代日本社会の宗教性にまで及んでいる。何かを信じずには生きられない私たちが、その「信じる」を問い直すために参照すべき小説である。
