いよいよ、ブリスベンでの生活が幕を開けた。

季節は秋。薄手のロングTシャツ一枚で心地よく過ごせる、爽やかな気候だ。目の前のスケジュール帳は白紙で、決まっているのは日曜の礼拝と、水曜夜のPrayer meeting(祈祷会)だけだった。

このPrayer meetingは、今住まわせてもらっているシェアハウスで毎週開かれていた。教会の仲間や友人たち6〜7人が集まり、聖書を読み、祈り、語らう。淡いオレンジ色の照明に包まれ、ゆったりと流れる時間の中で、異国の地に降り立ったばかりの私にも「ここに居場所がある」のだと、心から感じることができた。

家の近くには、街の中心を貫くブリスベンリバーが流れている。川沿いに整備されたサイクリングロードを歩くことが、私の毎朝の日課となった。

オーストラリアに来て驚いたことのひとつが、自転車文化だ。多くの人々が通勤やレジャーに自転車を活用し、颯爽と風を切って走っている。当時はまだ、これから自分が自転車に乗り込むことなど想像もしていなかったが、彼らの軽快な姿は、この街の自由な空気を象徴しているように見えた。

また、当時の日本では見かけなかった「セグウェイ禁止」の看板にも目が留まった。すでにセグウェイが広く普及していたのか、それとも特有の事情があったのか。今となっては定かではないが、そんな些細な看板一つにも、日本の常識とは異なる街の表情が垣間見えて面白かった。

シェアハウスでの生活は、それぞれが自立した関係だった。顔を合わせるタイミングもまちまちだったが、住人たちとは穏やかな絆を築くことができた。

ハウスメイトの一人に、救急救命士として働く男性がいた。彼は休みの日になると、愛車の大きなピックアップトラックに自転車を積み込み、山へと向かう。山頂まで二度も往復するなど、そのすさまじい活動量にはただただ圧倒されるばかりだった。

そんなアクティブな彼だが、夜に顔を合わせると、時折手料理を振る舞ってくれた。中でも印象的だったのは、彼の大好物であるカンガルーステーキだ。筋肉質でヘルシーな赤身肉を囲みながら、他愛のない会話を交わす。忙しくも温かいハウスメイトたちと共に過ごすオーストラリアの夜は、かけがえのない時間だった。

当時の私は極貧学生であり、出費は極力抑えなければならなかった。しかし、オーストラリアの食材はどれもスケールが大きく、それがかえって救いになった。例えば、食パンは日本の3斤分はあろうかという特大サイズでたったの2ドル。オージービーフも1キロで5ドルほど。そこにレタス、玉ねぎ、チーズ、トマトを合わせれば、安上がりで美味しいタコスが完成する。

今思えば、紛れもなく質素な生活だった。しかし、当時の私にとって、それは全く問題ではなかった。爽やかな風を浴びながら川沿いを歩き、仲間と笑い合う。何かに追われることのない日々が、ただそこにあった。

その豊かな時間は、自分の人生をゆっくりと振り返る機会を与えてくれた。いかにそれまでの自分が、心に余裕を持てずに生きていたかを思い知らされる。これから始まる未知の生活は、この上なく穏やかなスタートを切っていた。