はじめに:接続詞「しかし」が抱える神学的な分断のリスク
新改訳2017や口語訳など、いくつかの邦訳聖書において、詩篇87篇5節は「しかし、シオンについてはこう言われる」と、逆接の接続詞で始まります。しかし、この箇所を逆接として解釈することには、重大な神学的な誤読を招く危険性が潜んでいます。
直前の4節では「エジプト(ラハブ)やバビロンなどの異邦の国々が、神を知る者とされた(シオンで生まれた)」という驚くべき恵みが宣言されています。それに対して5節を「しかし」で繋いでしまうと、「異邦人はお客さんとして歓迎される。しかし、シオンについては(本来の血筋である)この者やあの者が生まれたと言われる」というように、神の家族の間に人為的な区別や壁を設けてしまうように聞こえるからです。 4節の「この都(ヘブル語では、thereを意味するשָֽׁם)」と5節の「この都(ヘブル語ではin herを意味するבָּ֑הּ。つまり、シオン)」は全く同じ場所を指しています。同じ場所での救いの出来事を語っている以上、ここで文脈を分断する逆接の接続詞を用いることは、神の普遍的な恵みのビジョンを損なうものとなってしまいます。
自然な翻訳としての順接「そして(And)」
原文のヘブル語は「ワウ(waw / vav)」という接続詞であり、最も素直に訳せば順接の「そして」「また(And)」となります。事実、ESV(英語標準訳)やCSB(クリスチャン・スタンダード・バイブル)などの主要な英語聖書は、ここをシンプルに「And(そして)」と訳し、神の恵みが4節から5節へと途切れることなく続いていることを示しています。文法的に見ても、逆接の「しかし」ではなく、順接の「そして / また」と訳すのが最も自然で正確なアプローチだと思われます。
異邦人とユダヤ人の区別ではない:「国」から「全人類の個人」への拡大
さらに現代の聖書学者たちは、この順接の接続詞が、単なる情報の並列(Aが生まれた、またBも生まれた)にとどまらず、神の恵みの対象が爆発的に拡大していることを示す「強調(実に!/それどころか!)」の役割を果たしていると論じています。
ここで注意すべきは、「実に!(Indeed)」と強調して訳すことが、「(異邦人である)バビロンも生まれた。実に、(本来の市民であるユダヤ人も)生まれた!」というような「異邦人とユダヤ人の区別」を生むわけではない、という点です。 学者たちは、4節と5節の違いを「民族の違い」ではなく、「規模の違い」として捉えています。4節ではラハブ(エジプト)やバビロンといった「国・民族」という大きな単位で語られていたものが、5節ではヘブル語のイディオムである「人と人(אִ֣ישׁ וְ֭אִישׁ/a man and a man)」という「個々人」を表す表現へと移行しているからです。
つまり、5節の接続詞が意味しているのは、「あの強大な異邦の国々がシオンで生まれたとされる。そして(And)、それどころか実に!(Indeed)、国単位の話にとどまらず、誰も彼もが皆、一人残らずすべての個人がこの都で生まれたと見なされるのだ!」という、全人類規模への圧倒的な拡大なのです。
聖書学者たちの見解
この視点について、現代の代表的な注解者たちは次のように語っています。
1. デビッド・ファース(David G. Firth)
ファースは、対象が「国々」から「諸個人」へと移行していることを明確に指摘しています。
Verse 5 extends this theme, moving from the nations to individuals also said to be born in Zion…
David G. Firth, Psalms, ed. David W. Baker and Beth M. Stovell, vol. 14, Apollos Old Testament Commentary (London: Apollos, 2025), 474.
[拙訳] 「5節はこのテーマを拡張し、国々から、同じくシオンで生まれたとされる諸個人へと移行している。」
2. クリストファー・アッシュ(Christopher Ash)
アッシュは、5節が「一人残らずすべての人」を意味するイディオムであることを指摘し、これが新しい事実(ユダヤ人のことなど)ではなく、4節の恵みの拡大であることを解説しています。
And, at the start of Psalm 87:5 (vav), does not signal a new and separate fact. We might translate it “indeed,” for this is an expansion and explanation of the wonder of 87:4. The declaration of God in 87:4 is now expanded: This one and that one—literally, “a man and a man,” where the idiom means “each and every one”—were born in her…
Christopher Ash, Psalms 51–100, vol. 3, The Psalms: A Christ-Centered Commentary (Wheaton, IL: Crossway, 2024), 485.
[拙訳] 「詩篇87篇5節の冒頭の『そして(ワウ)』は、新しく別の事実を提示しているのではない。私たちはこれを『実に(indeed)』と訳すことができる。なぜなら、これは4節の驚異に対する拡大と説明だからである。4節での神の宣言が、今や拡大されているのである。この者とあの者、直訳すると『人と人』であり、このイディオムは『一人残らずすべての人』を意味するが、彼らが彼女(シオン)の中で生まれたのだと。」
3. マーヴィン・テイト(Marvin E. Tate)
テイトも、この箇所が一部の人々に限定されない、全人類を含む普遍的な射程を持っていることを強調しています。
Treating the conjunction as ‘more or less emphatic, functioning as a transition to a statement which underlines and varies the preceding one’ … V 5b has a universal range which includes all humanity: ‘Everyone was born in her!’ The exuberance of the vision breaks the bounds of even the widespread geography of v 4 and is inclusive of all human beings.”
Marvin E. Tate, Psalms 51–100, vol. 20, Word Biblical Commentary (Dallas: Word, Incorporated, 1998), 386–390.
[拙訳] 「この接続詞は『多かれ少なかれ強調的であり、先行する陳述を強調し、変化を持たせるための移行として機能するもの』として扱う。… 5節後半は全人類を含む普遍的な範囲を持っている。『皆が彼女の中で生まれたのだ!』 このビジョンの豊かさは、4節の広大な地理的範囲の境界さえも打ち破り、すべての人間を含んでいるのである。」
結論:分断ではなく、国境を越えて個々人へと届く恵み
詩篇87篇4節と5節の間には、いかなる対立も、血筋による区別も存在しません。それゆえに、「しかし」という逆接を用いてこの二つを切り離すことは、詩人の意図を見誤る結果となります。
ここにある接続詞は、シンプルに「そして(And)」と訳すことで、救いの出来事が途切れることなく続いていることを示すことができるように思われます。さらに、そこに込められた詩人の興奮を汲み取るならば、それは「実に!(Indeed)」という強調の合図でもあります。それは「異邦人だけでなくユダヤ人も」という区別ではなく、「国々だけでなく、国境や民族を越えて、一人残らずすべての個人がシオンの市民とされるのだ!」という、神の恵みの圧倒的なスケールアップを示しているのです。
