この記事はこんな方におすすめです

  • 聖書を一巻ずつ学んでみたいけれど、どこから手をつけるか迷っている方
  • ピリピ人への手紙を読み始めた方、これから読もうとしている方
  • 「喜びの手紙」と呼ばれる理由が、読んでみてもよく分からなかった方

◉予備知識は必要ありません。聖書を手元に置き、本文を開きながら読み進めていただけるような内容になっています。

獄中の手紙に、なぜ喜びの言葉が並ぶのか

パウロは獄中でこの手紙を書きました。宛先のピリピの教会も、町の人々から敵意を向けられ、苦しみを受けていました。それでも喜びを表す言葉が、手紙全体に繰り返し現れます。

手紙の中心には、神の御姿であられた方がしもべの姿をとり、十字架の死にまで従い、神がその方を高く上げたという記述が置かれています(2:6–11)。パウロは「型」を、自分の境遇をどう受け止めるかにも、教会への勧めにも、適用させています。

今回は、その点に着目してピリピ書簡の全体像を概観します。

1. 執筆場所と理由

ピリピという町

ピリピはマケドニア地方にあった町で、今日のギリシア北部にあたります。パウロの時代にはローマの植民市でした。植民市というのは、退役した兵士たちが土地をもらって住みつき、ローマのやり方をそのまま持ち込んで運営する町のことです。近代の植民地とは成り立ちが違い、支配された土地というより、本国の出張所のような町だと考えるとつかみやすくなります。

ピリピが植民市になったきっかけは、二つの戦いです。前42年、ユリウス・カエサルを殺した者たちを討つ戦いがこの地で行われ、勝った側が退役兵に土地を与えて町を作り直しました。その約十年後、アクティウムの海戦(Wikipedia「アクティウムの海戦」)に勝ったオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)が、改めて退役兵に市民権と土地を与えました。この中には、敗れた側で戦った兵も含まれていました。彼らを本土に戻さなかったのには理由があります。それは、遠い町で土地を与えれば、不満を抱えた元兵士が反抗の芽になる心配が小さくなるからです。

こうしてピリピは、イタリア本土と同じ扱いを受ける町になりました。人口は一万人ほどと推定されています。住民のうちローマ市民はおよそ四割で、帝国の他の地域と比べるとかなり高い比率です。公の場の碑文はラテン語で刻まれ、町のつくりも暮らしの決まりもローマにならっていました。

宗教もローマ色が濃い町です。ギリシアやローマの神々に加えて、皇帝を礼拝する神殿が二つあったことが分かっています。パウロが手紙を書いた頃には、ユリウス・カエサルもアウグストゥスも、死後に神とされて礼拝の対象になっていました。

要するに、身分と名誉と、ローマへの忠誠が重んじられる町です。この点を覚えておくと、手紙の言葉の印象が変わります。

ピリピの教会

教会の始まりは使徒の働き16章に記されています。紫布を商うリディアの家が最初の集まりの場になりました。

集まった人たちの顔ぶれは幅広かったようです。退役兵の子孫にあたる人、ギリシア語を話す人々、奴隷の身分の人、その日の暮らしに事欠く人もいました。町の中で高い位置にいる人と低い位置にいる人が、同じ場所で顔を合わせていたのです。

そしてこの教会は、その当初から町の人々から敵意を向けられていました。キリストだけを主と告白することは、町の神々の祭りにも皇帝礼拝にも加わらないという選択になります。そのため信者たちは、近所づきあいから排され、後ろ盾を失い、商売の客さえ失ったと考えられます。つまり、生活すること自体が難しくなったということです。パウロは、そのようなピリピ教会の人々が自分と同じ苦闘を経験していると書いています(1:29–30)。

パウロの状況

パウロは獄中でこの手紙を書きました。「鎖につながれている」というのは比喩ではありません。当時の拘禁の一つの形では、囚人は鉄の枷で番兵の手首につながれたままだったと言われています。

また、どこの牢屋だったかについては、ローマ、エペソ、カイサリアという三つの説があり、決着していません。ただ、手紙を読む上で大事なのは場所ではありません。パウロが自由を奪われていること、そしてそれでも福音は進んでいると彼が考えていることです。

手紙を書いたきっかけ

教会はエパフロディトという人を使者として、パウロの元へ贈り物を届けさせました。ところが彼は死ぬほどの病にかかります。回復した後、パウロは彼を早めに送り返すことにし、その手にこの手紙を託しました(2:25–30、4:18)。

2. 構成

この手紙は、勧めと模範が交互に置かれる形で進みます。勧めを語り、次にその生き方を実際にしている人を示し、また勧めに戻る、という展開です。

区分内容
1:1–11挨拶、感謝、祈り
1:12–26パウロの近況とものの見方
1:27–2:4勧め
2:5–11模範としてのイエス
2:12–18勧め
2:19–24模範としてのテモテ
2:25–30模範としてのエパフロディト
3:1–4:1模範としてのパウロ
4:2–9まとめの勧め
4:10–20贈り物への応答
4:21–23結びの挨拶

読み始めると、3章1節の「最後に」で終わらないことや、贈り物への感謝が手紙のいちばん最後に来ることに違和感を感じるかもしれません。どちらも、この手紙が黙読するものではなく、集会で読み上げられるものだったことと関係があります。

「最後に」と訳されているギリシア語は、締めくくりだけを指す言葉ではありません。話題を切り替えるときにも使われます。手紙を読む場合、前に戻って見比べることができますが、耳で聞く場合にはそれができません。それゆえに、音読することが想定された当時の手紙では、区切りの言葉が明示されます。

また、贈り物への感謝が末尾に来ることにも理由があります。この手紙の結びの挨拶は、4章21節から23節のごく短いものです。感謝の言葉は、聞いた人の耳に最後まで残る位置に置かれています。

なお、かつてはこの二点を根拠に、ピリピ人への手紙は複数の手紙をつなぎ合わせたものだという説が唱えられていました。手紙の統一性は、20世紀半ばの研究が強い関心を寄せた主題の一つです。

ただし、この説はすでに退けられています。分割説は、手紙の統一を論じる議論に取って代わられました。なぜなら、伝わっている形のまま、当時の状況を踏まえて読むなら、一通の手紙として無理なく読めるからです。本記事もこの立場に立ち、ピリピ人への手紙を一通の手紙として扱います。

ちなみに、手紙が一通の書簡であること示す根拠は他にもあります。例えば、1章の初めと4章の終わりには重なる言葉が多く、手紙全体を挟む枠になっていることです。

3. 中心にある詩(2:6–11)

この手紙をどう読むかについて、示唆に富む提案をしているのがマイケル・ゴーマンです。彼は、ピリピ人への手紙全体を、2章6節から11節の詩を解き明かしたものとして読みます。そしてこの詩を、パウロの「マスター・ストーリー」と呼びます。実際に起こった出来事の筋、つまり、低くなり、そして高く上げられたという順序が、彼のすべての考えを支配している、という意味です。

この詩は前半と後半に分かれます。前半では、キリストがすべての動詞の主語です。

キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、(2:6–7)

「しもべ」と訳されている語は、奴隷を指します。神と等しくある方が、奴隷の姿を取られた。当時の人が思い描ける身分の差として、これ以上のものはありません。

自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。(2:8)

十字架刑は、奴隷と犯罪者のための処刑法でした。身分と名誉を重んじるピリピの町で、「十字架」は価値観をひっくり返します。

後半に入ると、主語が変わります。

それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました。(2:9)

そして、すべての舌が「イエス・キリストは主です」と告白することへ向かいます(2:11)。

神学用語では、前半を謙卑、後半を高挙と呼びます。自分から低くなるという面と、神によって高く上げられるという面の違いが、主語の移り方にそのまま表されています。

では、この詩は手紙を聞く人たちと何の関係があるのかと言えるでしょうか。パウロは詩の直前にこう書いています。

キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。(2:5)

ゴーマンはこの言葉を、立派な人の心構えを見習いなさいという勧めとしては読みません。あなたがたはすでにキリストと結ばれている、だからそのキリストの歩みが、あなたがたの共同体の形になっていく、という勧めとして読みます。

4. 反復される型

ゴーマンは、この詩がたどる筋(plot)を次のように整理します。

Xであったのに、YではなくZした。

Xは持っていた身分、Yは取らなかった自分本位の行動、Zはその代わりに取った、他の人に向かう行動です。

この形は、手紙のあちこちに現れます。聖書を開いて確かめてみてください。

  • 2章3–4節 利己的な思いや虚栄からではなく、へりくだって、自分のことだけでなくほかの人のことも顧みる。詩の前半とまったく同じ形です。
  • 3章4–11節 パウロ自身です。彼は誇れる経歴を並べた上で、それらを損とみなし、キリストの苦難にあずかる道を選びます。
  • 1章21–26節 彼は世を去ってキリストとともにいたいと願いながら、教会のために生き続ける方を選びます。
  • 2章19–30節 テモテとエパフロディトも、自分のことではなく他の人のことを求めた例として置かれています。

一人の特別な人の心構えではありません。キリストがたどった道を、生身の人たちが具体的な選択の中でたどり直しています。

5. 主な主題

福音の前進 パウロは近況報告を、自分の身に起こったことがかえって福音の前進に役立った、という言葉から始めます(1:12)。動機がどうであれキリストが宣べ伝えられているなら喜ぶ、とまで言います(1:18)。獄中の人が、自分の境遇を福音という物差しで測っています。

喜び 喜びの言葉は手紙全体に見られます。ただしその土台は、状況が良くなったこと(境遇)ではありません。パウロは自分が命を差し出すことになっても喜ぶと書きます(2:17–18)。

一致 同じ思いになるようにという勧めが繰り返されます(1:27、2:2)。終わり近くでは、ユウオディアとシンティケという二人の名前を挙げて、具体的に勧めます(4:2–3)。身分の差が大きい教会にとって、これは切実な課題でした。

コイノニア 「交わり」と訳されることの多い語ですが、当時の日常の文書では、共同で事業に出資する関係を指すこともありました。ピリピの教会とパウロの間にあったのは、感情の近さだけではありません。福音のために身銭を切る関係です。パウロは彼らの贈り物を、自分への好意という以上に、神が喜んで受けるささげ物と呼びます。だからこそ、報いるのはパウロではなく神です(4:18–19)。

苦難 パウロは、キリストのために受けた恵みが、信じることだけでなく苦しむことでもあると書きます(1:29)。苦しみは信仰が足りない証拠ではありません。

天の国籍 「私たちの国籍は天にあります」(3:20)。ここで「国籍」と訳されている語を、英語の聖書の多くは citizenship、つまり市民権と訳します。「共同体」と訳す版もあり、古い英訳には「天の植民地」としたものもあります。

ピリピの読者にとって、市民権は書類の上の資格ではありません。住民のおよそ四割が持ち、持つ者と持たない者の間に線が引かれ、権利とともに務めが伴うものでした。1章27節の「ふさわしく生活しなさい」も、市民として振る舞うという意味の動詞です。パウロはこの二か所で、同じ語根の言葉を使っています。

そのうえで、この一節を、いつか天へ引き揚げてもらう約束と読むと、本来の意図を理解できなくなります。ピリピのローマ市民は、本国へ帰ることを期待されていませんでした。植民市というのは、市民はその土地に住みつき、ローマのやり方で暮らします。この背景を踏まえるなら、信じる者にとって、本国にあたるのは天です。天へ引き上げられるのを待つのではなく、天の市民としてこの町で暮らし、そこから来られる救い主を待ちます。だからこそパウロは、救い主を待ち望んでいると続けて書きます。

主は近い 「主は近いのです」(4:5)。乏しさにも豊かさにも対処する秘訣を心得たという言葉(4:11–13)も、この見通しの中で語られています。

6. 通読の手引き

通読する際に、念頭に置いておくと理解が深まるための問いをご紹介します。参考になればと思います。

  • 1:1–11 パウロは自分とテモテを何と呼んでいるでしょうか。この呼び名は2章7節につながります。
  • 1:12–26 彼は自分の境遇を、何を基準にして評価しているでしょうか。
  • 1:27–2:4 教会に求められているのは、どのような歩みでしょうか。
  • 2:5–11 手紙の中心です。ここを読んでから、前後を読み返してみてください。
  • 2:12–18 自分で努力することと、神が働いてくださることは、どのように結びついているでしょうか。
  • 2:19–30 二人の同労者のどこが模範として挙げられているでしょうか。
  • 3:1–4:1 パウロは自分の経歴をどう評価し直したでしょうか。
  • 4:2–9 最後にまとめられている勧めを、書き出してみてください。
  • 4:10–20 パウロは贈り物を何と呼び、必要を満たすのは誰だと書いているでしょうか。
  • 4:21–23 挨拶を送っているのは、どこの人たちでしょうか。

7. さらに学びたい方へ

この記事で参照した本

研究者による推薦

以下は私の好みで選んだ本ではありません。近年のパウロ神学の研究状況を整理した『The State of Pauline Studies』(2024年)で、ピリピ書の章を担当したNijay K. Guptaが挙げている本です。三つの層に分けて紹介されています。

今も影響を持ち続けている「古典」

同じ時期に出たものとしては、Morna D. Hooker の NIB 注解もグプタ自身が薦めています。

近年の注解で、それぞれに独自の強みを持つもの

学問的な議論を学ぶ人に、グプタが強く薦めるもの

ピリピ書研究の現在地

同じくグプタの整理によれば、この三十年ほどで、碑文や考古学の成果を用いてピリピという町の実情を明らかにする研究が大きく進みました。

また、この手紙を誰がどう読んできたか、という問いにも目が向けられています。人は誰でも、自分の育った文化や置かれている立場を抱えたまま聖書を読みます。だとすれば、自分とは違う時代や場所の読み方に触れることには意味があります。古代教父や宗教改革期の人々がこの手紙をどう読んだかを集めた資料があります。アジアやアフリカ系アメリカ人の読みをまとめた注解も出ています。

そして、この問いには実際的な意味があります。たとえば、長いあいだ、ピリピの信者たちは誇り高いローマ市民だったと想定されてきました。しかし社会状況の研究が進むと、この想定は成り立たなくなりました。教会の多くは貧しく、市民権を持たない人々でした。読む側は、自分の思い込みに合わせて手紙の中の人々を思い描いていたことになります。苦しみを経験していない立場から読むと、この手紙の苦難の主題を精神的な事柄に読み替えやすい、という指摘もあります。

一方で、ピリピ書の解釈の骨組みそのものが半世紀前と入れ替わったわけではありません。変わったのは、手紙が書かれた当時の社会について、以前より詳しいことが分かってきた点です。

おわりに

ピリピ人への手紙は、確かに「喜びの手紙」です。ただしその喜びは、状況が良いから湧いてきたものではありません。書き手は牢屋にいて、宛先の教会は周囲の人々から圧迫を受けており、暮らし向きも楽ではありませんでした。

それでもこの手紙に喜びの言葉が並ぶのは、その中心に一つの出来事があるからです。低くなった方を神が高く上げた、というその出来事が、パウロの生き様にも、教会への勧めにも、同労者の働きにも、繰り返し形になって現れます。

ピリピ書簡の全体像を掴む鍵は、まさにこの繰り返しにあると言えます。それが見えてくると、四つの章がばらばらの話の寄せ集めではなく、一つの一貫した筋の通ったものとして理解できるのではないでしょうか。


今回の記事では、聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会を使用しました。