何が読めるのか
Amazonの読み放題サービスであるKindle Unlimitedに、キリスト教関係の書籍がどの程度含まれているのか。実際に確認してみました。
まず、対象となる書籍の数は、それほど多くありません。日本の主要なキリスト教出版社の刊行物が網羅されているわけではなく、専門的な研究書はほとんど含まれていません。
ただ、数の少なさのわりに、扱う領域には幅があります。聖書本文、入門書、教理書、デボーションテキストと、入口にあたる領域はひととおり押さえられています。教会の学び会のテキストとして使える本も含まれています。月額千円ほどの負担で読める範囲としては、まずまずではないでしょうか。
以下、読み放題の対象として確認できたものの中から、お勧めの10選をご紹介します。が、その前にいくつか注意点から。
利用する前に知っておきたいこと
第一に、対象書籍は入れ替わります。今月読み放題の本が来月には対象外になっていることがあります。ただ、気になる本を見つけた時点でライブラリに追加しておけば、借りている間は対象から外れても読み続けられます。
第二に、Kindle Unlimitedには個人出版の書籍が多数含まれています。キリスト教というジャンルでも同じです。著者の所属や神学的立場が明記されていない本、参照文献が示されていない本については、書かれている内容の妥当性を読者の側で判断することが難しくなります。本記事において挙げる書籍は、いずれも日本の主要なキリスト教出版社から刊行されたものです。出版社名を確認する習慣は、電子書籍を選ぶ際の実際的な指針になります。
聖書
読み放題の対象に、新共同訳と新改訳2017が含まれています。
先に断っておくと、聖書本文を読むだけであれば無料で済みます。新共同訳は聖書アプリのYouVersion(bible.com)で読むことができ、新改訳2017は「ともに聴く聖書(聴くドラマ聖書)」というアプリで公開されています。読み放題を契約しなければ聖書が読めないというわけではありません。
それでも、Kindle版には利点もあります。無料で読める二つの訳は、今挙げたとおり別々のアプリに分かれています。新改訳2017はYouVersionには収録されていません。Kindleであれば、同じアプリの中で二つの訳を切り替えられます。訳を並べて読むことには意味があります。同じ箇所が異なる日本語になっているとき、そこには本文をどう読むかの判断が反映されているからです。原語を学んでいない読者が解釈の幅に触れるには、これが最も実際的な方法だと思います。切り替えの手間が少ないほど、その習慣は続きやすくなります。
ですが、はっきり言って決定的な差ではありません。アプリを二つ開けば済む話でもあります。ただ、語句検索ができること、他の書籍と同じ書棚で扱えることを合わせれば、メリットがないわけではないと思います。
※各翻訳聖書とも、新約と旧約が分冊となっています。
イエスと聖書の全体像を学ぶ
『イエス入門』リチャード・ボウカム著、山口希生・横田法路訳、新教出版社
オックスフォード大学出版局のVery Short Introductionシリーズの邦訳で、本文は200ページほどです。
著者のボウカムはセント・アンドリュース大学の新約聖書学名誉教授で、『イエスとその目撃者たち』の著者として知られています。福音書は生前のイエスを知る人々の目撃証言におおむね基づいている、という主張を展開した書物です。近代以降の批判的な福音書研究に対して、その方法論そのものを検討した上で代案を提示した点に特徴があります。
そして、『イエス入門』は、その研究の成果を初学者向けに凝縮したものです。当時のユダヤ教の状況を踏まえながらイエスの生涯と教えを描いていきます。分量は多くありませんが、内容は薄くありません。
私自身も神学校の入門クラスで、この本を読んでいました。今回挙げる10選の中では、最もお薦めしたい一冊です。
一般的に「キリスト」はイエスの苗字だと考えられることが多いですが、実際にはギリシア語のクリストス、ヘブル語のメシアの訳語で、油を注がれた者を指す称号です。イエス・キリストという呼び名は、それ自体がイエスをメシアと認める告白になっています。ですので、この一点が定まると、福音書の読み方が変わります。誰がイエスをどう呼んだのか、イエスが自分についてどう語ったのかを、当時のメシア待望との関係で追えるようになるからです。
ただし、凝縮されている分だけ記述の密度は高く、福音書の内容にある程度親しんでいることが前提になる箇所があります。入門書と銘打たれてはいますが、まったく初めて読む方が一人で通読するには骨が折れる面もあります。学び会で扱う場合は、通読よりも章ごとに区切るほうが向いています。
『聖書の全体像がわかる 神の大いなる物語』ヴォーン・ロバーツ著、山﨑ランサム和彦訳、いのちのことば社
創世記からヨハネの黙示録まで、聖書全体を一つの物語として読み解く入門書です。
聖書全体を貫くテーマは「神の国(神殿)」です。神の民が、神の場所で、神の支配のもとに生きる。この枠組みが旧約から新約へとどのように展開していくかを、図表を用いて段階的に説明していきます。
聖書を通読しようとして挫折する原因の一つは、各書がどのように結びついているのかが見えないことにあります。レビ記の規定や歴代誌の系図が、全体の中でどの位置を占めるのか。個々の書を詳しく学ぶ前に地図を手にしておくと、読書の経験は変わります。入門書でありながら、教会で長く信仰生活を送ってきた方が読んでも発見のある一冊です。
教理を学ぶ
『ハイデルベルク信仰問答 証拠聖句付き』吉田隆訳、新教出版社
1563年、ドイツのハイデルベルクで作成されたカテキズムです。名称はこの地名に由来します。宗教改革期を代表する信仰問答の一つとして、改革派の伝統の中で今日まで用いられてきました。
全体は129の問答からなり、三部構成をとります。第一部が人間の悲惨、第二部が救い、第三部が感謝です。罪の認識から始まり、キリストによる救いを経て、その救いに対する応答としての生活へ至る。この配列自体が一つの神学的主張になっています。
第一問が有名です。生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何か。この問いに対する答えが、以下すべての問答の土台になります。教理を学ぶというと堅苦しく思われるかもしれませんが、問いと答えという形式は、実際には読みやすい部類に入ります。証拠聖句が付されている版では、聖書を開きながら読み進めることができます。
『聖書信仰 その歴史と可能性』藤本満著、いのちのことば社
「聖書は神のことばである」という信仰告白は、日本の福音派の教会が共有してきたものです。ただ、その告白が具体的に何を意味するのかとなると、理解には幅があります。
本書は、「聖書信仰」という言葉が福音主義の中でどのように形成され、どのような論争を経て今日の形になったのかを歴史的にたどります。逐語霊感、無誤性、聖書の権威といった概念が、いつ、どのような文脈で問題になったのか。そうした経緯を知ることは、自分自身が何を信じているのかを言語化する上で助けになります。
批判的な聖書学の成果と保守的な聖書観との関係に悩んだことのある方には、特に薦められます。二者択一を迫るのではなく、議論の見取り図を提示するという書き方をしている点も、読者自身が考えるきっかけになりよいのではないでしょうか。
『わかるとかわる!《神のかたち》の福音』河野勇一著、いのちのことば社
創世記一章で、人は神のかたちに造られたと記されています。この「神のかたち」という主題は、しばしば人間論の一項目として扱われ、福音の理解とは切り離されて論じられがちです。
しかし、新約聖書はキリストを神のかたちと呼び、信じる者がそのかたちに変えられていくと語ります。救いとは、罪の赦しにとどまらず、損なわれた神のかたちの回復である。この視点が加わると、福音の輪郭が変わります。
タイトルにある「かわる」は、そうした理解の変化を指しています。
ただし、分量については注意が必要です。本書は400頁を越える大部の書物で、神学的な議論を相当量含んでいます。著者自身が後年、一般読者から読み通すのが難しいという声が寄せられたと記しています。その反応を受けて、著者は月刊誌『舟の右側』(地引網出版)に2018年から2年にわたって「《神のかたち》を生きる」を連載し、それを再構成した『人はどこから来て、どこへ行くのか? 《神のかたち》の人間観』(ヨベル)を普及版として刊行しました。
読み放題の対象になっているのは、普及版ではなく前者のほうです。著者自身、神学的な議論を確かめたい読者には前者を読むよう勧めています。読み放題で手に取れるのは、議論の骨格まで踏み込んだ版だということになります。主題は教会での学びに適していますが、最初の一冊としては重い部類に入ります。
なお、普及版の方はKindle版が出ていません。電子で読む場合は、BOOK☆WALKERやブックライブといった電子書籍が選択肢になります。普及版の『人はどこから来て、どこへ行くのか? 《神のかたち》の人間観』(ヨベル)については山口希生氏による書評があり、議論の要点が簡潔にまとめられています。山口氏は、先に挙げた『イエス入門』の共訳者でもあります。
日々の糧として
『朝ごとに』C・H・スポルジョン著、いのちのことば社
十九世紀ロンドンの説教者スポルジョンによるデボーションテキストです。一日分がみことばと短い黙想からなり、朝の時間に読むことを想定して編まれています。
スポルジョンは英語圏で Prince of Preachers と呼ばれてきた説教者です。その言葉には独特の力があり、短い文章の中に、聖書の言葉が生活のどこに触れてくるのかが示されています。
デボーションの習慣が続かないという相談をよく受けます。原因の多くは、最初に設定する分量が多すぎることです。一日一ページから始めるという意味で、本書のような形式は現実的だと思います。
『夕ごとに』C・H・スポルジョン著、いのちのことば社
『朝ごとに』と対をなすデボーションテキストで、こちらは一日を終える時間に読むことを想定しています。
同じ著者による同じ形式ですが、読む時間が違えば言葉の響き方も変わります。朝の黙想がこれから始まる一日に向けられるのに対し、夕べの黙想は過ぎた一日を振り返り、眠りにつく者に語られます。思うようにいかなかったことを抱えたまま夜を迎えるとき、聖書の言葉は何を語るのか。そうした場面を想定した文章に慰められることもあるでしょう。
牧会の現場で気づくことがあります。朝のデボーションが続かないという方の中には、そもそも朝に時間の余裕がないという事情を抱えている場合が少なくありません。子育ての最中にある方、早朝から勤務に出る方であればなおさらです。朝を前提にした勧めが、かえって負担になることもあります。夕方や就寝前という選択肢を示せるという点で、二冊が揃っていることには実際的な意味があります。
紙で二冊揃えることを考えれば、読み放題でまとめて手元に置けるのは小さくない利点です。
なお、この二つの合本版もありますが、そちらは、絶版となっているようで、入所困難です。
『BIBLE & LIFE(百万人の福音)』いのちのことば社
隔月刊の雑誌です。「聖書に学ぶ生き方マガジン」という副題が示すとおり、聖書の教えを日常の具体的な場面に結びつける記事が中心になっています。
誌名について補足しておきます。長く『百万人の福音』として親しまれてきた雑誌ですが、近年『BIBLE & LIFE』という名称が併記されるようになりました。現在は二つの誌名が並列している状態です。検索の際は、どちらの名称でも探せます。
雑誌という形式の利点は、興味の持てるところから読めることです。一冊を通読する必要がありません。求道中の方や、教会に来始めたばかりの方に手渡す媒体としても向いています。
読み放題では、最新号だけでなくバックナンバーも対象になっています。関心のある特集を遡って読めるのは、紙では手間のかかることです。加えて隔月で新しい号が加わりますから、契約を続けていれば、そのつど読むものが増えていきます。書籍と違って読み終わりのない対象が一つあるのは、雑誌の特徴です。
さらに一歩進んで
『ウェスレーの聖餐論 宣教のわざとしての聖餐』坂本誠著、教文館
ジョン・ウェスレーは18世紀イギリスのメソジスト運動の創始者です。その名前になじみがない方でも、本書が扱う聖餐という主題は、どの教派に属していても関わりのあるものです。
聖餐をどのように理解するかは、宗教改革期以来の論争点であり続けてきました。象徴か、実在か、記念か。ウェスレーは頻繁な陪餐を勧めた人物として知られ、聖餐を単に信仰者のための儀式としてではなく、宣教的な意味を持つものとして捉えていたと指摘されます。副題の「宣教のわざとしての聖餐」は、その理解を示しています。
自分の教会が聖餐についてどう教えてきたかを、別の伝統から照らし返す。そうした読み方のできる一冊です。
読み放題で読めないもの
ここまで紹介してきた本は、いずれも入門から中級にあたる領域のものです。注解書のシリーズや専門的な研究書は対象に入っていません。そしてこの領域の書籍は、一冊で数千円、シリーズで揃えれば数万円という水準です。読み放題で読める本と、価格が壁になる本とは、はっきり分かれていることが伺えます。
電子書籍化という課題
もう一つ、読み放題以前の事情があります。日本のキリスト教書は、そもそも電子書籍になっていないものが大半です。入門書から研究書まで、紙でしか手に入らない本が無数に残っています。読み放題の対象が少ないという話をする前に、電子化された書目自体が限られているというのが実情です。
詳しい事情は分かりませんが、採算が合わないという判断があるのだとすれば、電子書籍化が進まないことにも説明はつきます。電子化には書目ごとに組版の作り直しや、翻訳書であれば電子版の権利処理といった費用がかかります。それを回収できるだけの販売数が見込みにくいのであれば、着手する理由が生じません。また、全国のキリスト教書店との関係を考えれば、電子版を前面に出しにくいという事情もあるかもしれません。いずれも推測の域を出ませんが、待っていればいずれ進むという性質のものではなさそうです。
それでも、紙しか選べないという状態は、読者を限定してしまうという実際問題があることは確かです。近くにキリスト教書店のない地域に住む方、海外在住の日本語圏のクリスチャン、書棚に置く場所を確保しにくい方にとって、電子書籍が事実上唯一の入手手段になる場合があります。紙で読むことの価値が下がるわけではありません。紙か電子かを選べる書目が増えてほしいということです。
この記事で紹介できたのが十点にとどまるのは、読み放題の制約というより、電子化された日本語のキリスト教書がまだ少ないことの反映でもあります。今はただ、電子書籍化される本が増えることを願っています。
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Kindle Unlimited について
読み放題の対象書籍は入れ替わります。実際に読めるかどうかは各書籍のページでご確認ください。無料体験の有無や現在の月額料金も、リンク先に表示されます。
Kindle Unlimited の詳細を見るぼくどくメモ
昨今、色々なサブスクリプションサービスが流行っています。そして、多くの人がおそらく経験していることだと思いますが、それは使わなければ意味がないどころか、損をするということです。実際、数冊読んで満足し、そのまま解約を忘れているという話もよく聞きます。
ですので、根本的にサブスクが合う合わないということは実際あると思います。ただ、ここは見方を変えて考えるのもアリだと思います。つまり、契約しているのになかなか読むことができないと感じているならば、その感覚を逆手にとって、むしろ本を読む動機にするということです。とにかく、今月は一冊読むと決めて、対象の中から選ぶ。それだけで、何を読むか迷う時間はなくなり、ひとまず本を開くところまでは進めます。
もっとも、冊数を競うような読み方になれば本末転倒です。一冊を三か月かけて読む月があってもよいはずです。ここに挙げた十点のうち、繰り返し開くことになる本は、おそらく一冊か二冊でしょう。残りは、自分に合うかどうかを確かめるために自分の目で確かめるために開く本です。買い揃えてから合うかどうかを確かめるとなれば相応の出費になりますが、読み放題であれば、合わなかった分の出費は生じません(無駄に買うことにはなりません)。冊数を稼ぐための道具ではなく、無数の本の中から有用な本を探すためのツールとして使うのであれば、案外まっとうな仕組みだと思っています。
