このシリーズは、この記事を読んでくださる方が『ローマ人への手紙』を実際に読んでみたくなることを目指しています。手紙の執筆背景や語彙の意味、注解者たちの議論等、ローマ書を読み進める助けになりそうなものを取り上げていきます。

ローマの信徒たち

ローマのユダヤ人の多くは、テウェレ川の対岸にあるトラステウェレという貧困街に住んでいたと考えられています。

パウロはローマにいる信徒たちに宛てて手紙を書き、ケンクレアの教会で仕えていた奉仕者フィベにそれは託されました。信徒たちは複数の家(家の教会)に分かれて集まっていたため、フィベはその一つひとつを訪ね、手紙を読み上げたと考えられます。ですので、「手紙」と言っても、現代とはかなり状況は異なる状況で、当時の人々が受け取っていたことが容易に想像できます。また、さまざまな立場の人たちが集まる「教会」で、誰もが読み書きをできたわけではなく、個別に手紙を読んでいたわけではありません。

前回の記事では、ローマ書の最後の16章で列挙されている名前のリストを見ました。そこでは26人の名が挙げられており、その多くは奴隷か解放奴隷の背景を示す名でした。おそらく、これらの人たちを念頭に置きながら、パウロはこの手紙を書いたことでしょう。

当時のギリシア語の手紙は、一般的に簡素に始まります。冒頭に記されるのは、差出人の名、宛先の名、挨拶の言葉の三つだけです。実際、『使徒の働き』には、その典型的な手紙の序文がそのまま引用されています。

さらに彼は、次のような文面の手紙を書いた。「クラウデオ・ルシヤ、つつしんで総督ペリクス閣下の平安を祈ります。」

使徒行伝23:25-26(口語訳聖書)

クラウデオ・ルシヤ(クラウディウス・リシア)はローマの千人隊長、ペリクス(フェリクス)はユダヤ総督です。差出人、宛先、挨拶。手紙の書き出しが、三つの要素だけであることが確認できます。

ところが、ローマ書の書き出しは7節まで続きます。実際、原文では、1-7節までが一続きの文となっています。これは、他の手紙と比べると、長さの違いがはっきりします。第一テサロニケ書簡は1節で終わり、第一コリント書簡もピリピ書簡も2、3節です。パウロの手紙でこれに次いで長いのはガラテヤ書簡で、5節あります。現存するギリシア語の手紙の中で、これより長い書き出しは知られていないと指摘する研究者もいます。

それでは、なぜこれほど長いのでしょうか。

いくつか理由が考えられます。まず、自分をまだあまりよく知らない人々に宛てた手紙だからと説明することができます。パウロはローマに行ったことがなく、ローマの「教会」を建てたわけでもありません。手紙の書き手が「誰」なのか、まず初めに説明しなければ、この長い手紙を最後まで聞いてもらえないということも考えられます。また、当時、公の重要な手紙では差出人についての記述を長く記して、その手紙の重みを示すことがあったとも言われています。

しかし、それだけでは説明がつかないことも確かです。パウロが使徒であることを最も激しく争われたのは、ガラテヤ書簡と第一コリント書簡ですが、その書き出しは5節と3節で、ローマ書より短いです。ですので、権威を示す必要の大きさと、書き出しの長さは必ずしも比例していません。しかもガラテヤ書簡で長くなっているのは、自分が誰によって使徒とされたかという一点であり、その手紙の争点に直接関わる事柄です。その点において、ガラテヤ書の方が長くなってもおかしくないと言えるかもしれません。

それに対して、ローマ書の冒頭でパウロが関心を向けているのは、「福音」です。つまり、パウロはここで、単に自分の紹介をしているのではなく、その書き出しの中に「福音」の要約を差し込んでいるのです。つまり、長い書き出しとなっているのは、パウロは自分について語りたかったからではなく、福音について語りたかったからだと言えます。

以下、この七つの節を三つに分けて見ていきます。(1)誰が語っているのか。(2)何を語っているのか。(3)誰に語っているのか。

※現存するギリシア語の手紙の中でこれより長い書き出しは知られていないという指摘はムーの注解書、公の重要な手紙では差出人についての記述が長くなるという説明はティールマンの注解書によります。

誰が語っているのか

キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから—

ローマ人への手紙1章1節(口語訳聖書)

パウロは自分について三つのことを述べます。僕(しもべ)であること、選び出されたこと、召されたこと。どれも自分で獲得したものではありません。すべて与えられたものです。

「僕(δοῦλος)」と訳されている語は、奴隷を指す語です。日本語の「僕(しもべ)」には、自ら進んで仕える者という響きがありますが、原語にそのニュアンスはありません。これは誰かに所有されている者を指す語です。

そしてこの語には、二つの背景があります。

一つは旧約聖書です。モーセ、ヨシュア、ダビデ、そして預言者たちは「主の僕」と呼ばれました。この呼び名は不名誉なものではなく、むしろ神のために立てられた者を指す栄誉ある称号です。パウロが自分を「僕(しもべ)」と自称する際、このような旧約聖書の背景が念頭にあると考えられます。

もう一つは、当時の社会の現実です。ローマの人口の相当部分が奴隷か解放奴隷だったと言われています。16章のリストに見られる名前の多くも奴隷や解放奴隷を示す名です。そして、これは異邦人クリスチャンに限られたものではありません。というのも、ローマのユダヤ人共同体もまた、その大半が奴隷として連れてこられた人々の子孫だと考えられるからです。

フィベがこの手紙を読み上げた家の教会には、実際に奴隷の人たちがいました。その人たちにとって、パウロが用いる「僕」という言葉は、比喩ではなく、リアリティを持つものとして聞こえたはずです。

このように、パウロは開口一番、自分は「キリスト・イエスの僕」、つまり、自分のものではないと述べていることになります。この主題は6章で、罪のものであるか神のものであるかという形で改めて取り上げられます。

※「僕(しもべ)」という語が旧約聖書の栄誉ある称号と当時の奴隷制の現実の両方に触れているという理解は、クルーズとムーの注解書によります。

コラム(1) ローマのユダヤ人共同体

ローマにユダヤ人が住むようになったのは、いつからでしょうか。浅野淳博氏の『新約聖書の時代—アイデンティティを模索するキリスト共同体』(教文館、2023年)で詳しくまとめられています。このコラムは、本書を参照しています。

ローマの著述家ワレリウス・マキシムスは『著名言行録』の中で、前139年にユダヤ人がその異質な宗教のゆえにローマ市から追放された事件に触れています。この時点で、追放が問題になる程度の人数がすでに住んでいたことになります。

数が大きく増えたのは、前63年です。ポンペイウスがユダヤ地方に侵攻した際、多くのユダヤ人を奴隷としてローマに連行しました。フィロンの『ガイウスへの使節』が、この経緯を伝えています。連行された人々の多くは、やがて主人によって解放されました。ローマでは解放奴隷が市民権を得ることができたため、その子孫はローマ市民として育ちます。フィロンは、ローマのユダヤ人の大半が解放奴隷とその子孫であると述べています。

前4年には、パレスチナから派遣された使節の陳情を支持するため、ローマ在住のユダヤ人が八千人集まったとヨセフスは記しています。一世紀の半ばには、五万人ほどが住んでいたと推定されており、その多くがトラステウェレの一帯に集中していたと考えられています。

そしてクラウディウス帝の時代に、追放令が出されます。ローマの伝記作家スエトニウスは、ユダヤ人が「クレストゥス」の扇動によって年がら年中騒動を起こしていたため、ローマから追放されたと記しています(『クラウディウス』25)。この「クレストゥス」がキリストを指すのであれば、追放の原因はユダヤ人共同体の内部で起きたキリストをめぐる争いだったことになります。使徒の働き18章2節は、この追放によってアクラとプリスキラがローマを離れたと伝えています。

年代は、後49年頃とされることが多いのですが、確定はしていません。

この追放令は、ローマ書を読む上で無視できません。ユダヤ人クリスチャンが一度ローマを離れ、数年後に戻ってきたとすれば、その間に異邦人クリスチャンが中心となった集まりに、彼ら彼女らが帰ってくる形になります。そして、14章から15章で扱われる「強い者」と「弱い者」の問題を、この経緯から説明する読み方があります。ただし、この再構成をどこまで前提にできるかについては、慎重な見方もあります(ティールマン)。

※ローマのユダヤ人共同体の来歴については、浅野淳博『新約聖書の時代』368-370頁によります。追放令の年代と、その再構成をめぐる慎重な見方については、ティールマンの注解書によって補いました。

福音の要約

1キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから―― 

2この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、 

3御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、 

4聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。 

5わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、

ローマ人への手紙1章1-5節(口語訳聖書)

この手紙の書き出し部分を、パウロの自己紹介として読み始めると、途中で方向が変わったように見えるのではないでしょうか。と言うのも、パウロ自身について語られていたはずが、唐突に神と御子について内容が移っているからです。

ですが、これは脱線ではありません。パウロは「神の福音のために選び別たれ」と述べた直後に、その福音とは何かを説明し始めます。そして説明が終わると、5節で自分の話に戻ってきます。つまり、自己紹介の中に福音の要約が挟み込まれている構造です。

改めて説明すると、要約の骨格はこうなります。

この福音は神のものである。それは、聖書の中で、あらかじめ約束されていた。その中身は御子に関わる。御子はダビデの子孫として来られ、復活によって力ある神の子として立てられた。そしてこの福音は、すべての異邦人に及ぶ。

実は、パウロがこの手紙全体で論じることが、ここに凝縮されています。

※パウロが2節以下で「福音」と「使徒」という二つの語を逆の順序で敷衍しているという指摘は、ムーの注解書によります。

神の福音

まず、「神の福音」というフレーズに着目します。

「福音」と訳される語は、もともと「良い知らせ」を意味する日常語だったと言われています。この語には二つの背景があります。

一つは、当時のローマ世界での用法です。紀元前9年の日付が刻まれた碑文が、小アジアのプリエネで見つかっています。この碑文は、皇帝アウグストゥスの誕生日を世界にとっての「良い知らせ」の始まりと呼び、彼を「救い主」と呼び、戦いを終わらせて平和をもたらした者として讃えています。このことから、皇帝の即位や世継ぎの誕生といった公の知らせにも、この語は用いられていたことがわかります。

とはいえ、パウロがこの語を使う際、皇帝をめぐる用法を意識して選んだのかどうかについては、研究者の間で意見が分かれています。しかし、この「福音」という語を聞いたローマの人たちが、そうした用法を思い浮かべたであろうことは、どちらの立場からも認められています。この論点については、別の記事で扱っていますのでご参照ください。

もう一つは、旧約聖書のギリシア語訳です。当時の教会が用いていた聖書は、ヘブル語の旧約聖書をギリシア語に訳したものでした(七十人訳聖書)。この訳では「良い知らせ」が動詞の形で二十回あまり用いられ、そのいくつかは決定的な箇所にあります。そのうちの一つが、イザヤ書52章7節です。

よきおとずれを伝え、平和を告げ、

よきおとずれを伝え、救を告げ、

シオンにむかって「あなたの神は王となられた」と

言う者の足は山の上にあって、

なんと麗しいことだろう。

イザヤ書52章7節(口語訳聖書)

パウロの語る良い知らせも、人が自分で招いた破局から神が救い出しに来られたという知らせです。語が同じというだけでなく、その語が含む筋書きが重なっています。この点において、皇帝をめぐる用法よりもイザヤ書のほうが、パウロの語法に近いと見る注解者は少なくないようです。

そしてパウロは、これを「神の福音」と呼びます。この「神の」は、出どころを示す言い方です。つまり、この良い知らせはパウロのものではないということです。

※皇帝をめぐる用法よりも七十人訳の方が重要な背景だという判断は、ティールマンの注解書によります。プリエネ碑文の内容については、deSilvaの資料を参照しています。

この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって(1:2)

ここで「聖書」と呼ばれているのは旧約聖書です。パウロがここで語ろうとしているのは、新しい教えではありません。

ですが、パウロは特定の箇所を挙げているわけではありません。特定の預言が成就したというのではなく、聖書全体を証言としています。ローマ書はパウロの手紙の中で最も多く旧約聖書から引用していますが、その引用の全体が、この2節の主張を裏づける形になっています。

ただし、「あらかじめ約束された」のであって、「あらかじめ説明されていた」わけではありません。つまり、何がどう成就するかが、前もって明らかだったわけではないと言うことです。そしてそのことは、パウロ自身が示しているとも言えます。と言うのも、彼はパリサイ派として聖書を学んできた人ですが、復活の主に出会うまで、その聖書がキリストを指し示していると読むことはなかったからです。約束はされていたけど、説明されていないとは、こういうことです。

※「あらかじめ約束された」のであって「あらかじめ説明されていた」のではないという指摘は、ガヴェンタの注解書によります。

御子について

御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。(1:3-4)

ここでは福音の中身が、二つの角度から述べられています。

「ダビデの子孫」は、旧約聖書の約束を指す言い方です。預言者ナタンを通して、神はダビデにこう告げました。

あなたが日が満ちて、先祖たちと共に眠る時、わたしはあなたの身から出る子を、あなたのあとに立てて、その王国を堅くするであろう。彼はわたしの名のために家を建てる。わたしは長くその国の位を堅くしよう。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となるであろう。

サムエル記下7:12-14a(口語訳聖書)

王座がとこしえに堅く立てられること、そしてその子孫が神の子と呼ばれること。預言者たちはこの約束を受け継ぎ、ダビデの家系から救いが起きると語り続けました。パウロはここで、その約束が誰において果たされたのかを述べています。

「肉によれば」という句は、長らくイエスの人性と神性を分ける表現として読まれてきました。しかし近年の注解者の多くはこの読み方を取りません。なぜなら、パウロは他のどこでも、イエスの地上での歩みと復活の後の姿とを、二つに分けて語ることをしないからです。この句はむしろ、イエスがダビデの家系に属することを強めて言う働きをしています。

4節の「定められた」は、何かが新しく定められたことを意味します。注解者の多くは、これを復活によって起こった変化として読みます。神の子であることそのものが変わったのではなく、力をもって治める方としての働きが、復活を境に始まったという理解です。

ここで重要な点は、復活によってイエスが神の子になったと読むことはできない、ということです。理由は文の構造にあります。3節の初めに「御子は」とあり、4節に「神の御子と定められた」とあります。要するに、「御子が神の御子と定められた」という書き方になっているわけです。もし復活によってはじめて神の子になったのであれば、普通に考えるならその前から「御子は」と書くことはしないはずです。したがって、3節から4節への移行は、人間のメシアが神の子になるということではありません。そうではなく、メシアである御子が、力をもって治める主として立てられるということです。

「聖なる霊によれば」については、預言者たちが、終わりの日に神がご自分の霊をその民に注ぐと語ったことが背景にあります。エゼキエル書36章26-27節や、ヨエル書がその代表です。復活は、その約束された時が始まったしるしとして語られています。この主題は8章で改めて扱われます。

※3節の「御子」と4節の「神の御子」が同一であることから養子論を退ける論法は、ムーの注解書によります。なお、この語を「公に示された」と訳す立場もあり、新改訳2017はその読みを採っています。

コラム(2) 3節と4節は誰の言葉か

多くの注解者は、この二節をパウロ以前からあった信仰告白の言葉と見ています。

理由は二つあります。一つは、二つの句がきれいに対応していることです。「ダビデの子孫から生れ」と「神の御子と定められた」、「肉によれば」と「聖なる霊によれば」。整えられた形をしています。

もう一つは、パウロが他で使わない表現がここに集まっていることです。「ダビデの子孫」という言い方も、「定められた」という動詞も、「聖なる霊」という言い方も、パウロの手紙ではここだけに現れます。

もしこれが借用であるとすれば、何を意味するでしょうか。

この手紙が書かれたのは、50年代の後半と考えられています。パウロはエルサレムへの献金を携えて行く直前にこの手紙を書いていますので(15章25-26節)、その時期から逆算されます。パウロ以前からこの言葉が用いられていたとすれば、十字架の出来事から二十年ほどのあいだに、キリストについて何がどう語られていたかが、ここに残っていることになります。しかもパウロは、まだ会ったことのない教会の人々に宛てて、すでに共通認識となっている言葉を用いていることになります。

もっとも、慎重な見方もあります。ガヴェンタは、珍しい表現が並ぶというだけでは他から借りてきた証拠にはならないと述べます。ムーは、近年の研究が新約聖書の中に多くの伝承を見出そうとするが、それを識別する基準は十分に精密ではないと指摘し、この仮説から釈義上の結論を引き出すことはしません。

いずれにしても、確かなことがあります。それは、パウロが引用しているのだとしても、彼はその言葉を自分のものとして書いているということです。結局のところ、このフレーズが借用かどうかは、ここで何が語られているかを左右するものではありません。

※3節と4節をパウロ以前の信仰告白と見る説とその評価は、ガヴェンタとムーの注解書によります。

誰に語っているのか

5節で、パウロは自分の話に戻ってきます。

わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり(1:5)

パウロが受けたものは「恵みと使徒の務」です。そして、その目的が「すべての異邦人を信仰の従順に至らせる」ことだと述べられます。

パウロはここで、信仰と従順を切り離していません。信仰は従順そのものではありませんが、信仰を欠いた従順は従順ではなく、従順を欠いた信仰は信仰ではありません。両者は「互いに互いを含んで」います。

パウロの用法では、従うとは、規則に行動を合わせることではなく、自分が誰のものであるかが、そのまま生き方に表れることです。しもべが主人に従うのは、命令を吟味した結果ではなく、ひとえにその主人に属しているからです。6章で、罪のものであるか神のものであるかという形で扱われるのが、まさにこの意味の従順です。

そして6節と7節で、ようやく宛先が示されます。

あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである――ローマにいる、神に愛され、召された聖徒一同へ。わたしたちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

ローマ人への手紙1章6-7節(口語訳聖書)

まず「ローマにいる…聖徒一同」という言い方に目が留まります。これは、ローマの信徒たちが一箇所ではなく複数の家に分かれていたことの反映ではないか、と見る注解者もいます。

次に、「神に愛され」も「召された聖徒」も、旧約聖書ではイスラエルに向けられている言葉です。神が父祖たちを愛してイスラエルを選んだと申命記は述べ、あなたがたは聖なる国民であるとレビ記は語ります。「聖徒」とは、特別な階級を指すのではなく、キリストのものとされた人すべてを指します。その点を踏まえるなら、異邦人が大半を占める集まりに向かって、パウロはイスラエルに与えられた語彙で呼びかけていることになります。

そして、末尾の「恵みと平安とが、あなたがたにあるように」は、当時の手紙で挨拶の言葉が記される位置にあたります。ここでパウロは一般的な挨拶をアレンジしていますが、他の手紙でも同じことをしています。「平安」はヘブル語のシャロームにあたり、争いがない状態だけでなく、神と人と造られたものすべてとの関係が調和している状態を指します。そしてパウロは、それが「わたしたちの父なる神および主イエス・キリスト」から来ると述べています。ローマにおいて平和をもたらす者といえば皇帝でしたから、この言葉を聞いた信徒たちは、自然にローマ皇帝との対比が思い浮かんだことだと思われます。

※信仰と従順が互いに互いを含むという理解は、ムーの注解書によります。「神に愛され」「召された聖徒」が旧約聖書でイスラエルに向けられた語であるという指摘は、ティールマンの注解書によります。

おわりに

手紙の挨拶は、本来なら一行で済みます。しかし、パウロはそこを7節まで引き延ばし、しかもその大半を福音の説明にあてました。まだ会ったことのない人たちに、まず伝えておきたかったことがそこには書かれています。

実は、パウロがこの手紙で論じる事柄は、7節までにひと通り出てきます。神、福音、聖書、御子、ダビデ、復活、霊、恵み、信仰、従順、そして異邦人。挨拶のつもりで読み流してしまう箇所ですが、ここを押さえておくと、この先の議論の見通しが立つのではないでしょうか


参考文献

  • 浅野淳博『新約聖書の時代——アイデンティティを模索するキリスト共同体』(教文館、2023年)
  • Beverly Roberts Gaventa, Romans: A Commentary, The New Testament Library, Westminster John Knox Press, 2024.
  • Michael J. Gorman, Romans: A Theological and Pastoral Commentary, Eerdmans, 2022.
  • Colin G. Kruse, Paul’s Letter to the Romans, The Pillar New Testament Commentary, Eerdmans, 2012.
  • Douglas J. Moo, The Letter to the Romans, The New International Commentary on the New Testament, 2nd ed., Eerdmans, 2018.
  • Frank Thielman, Romans, Zondervan Exegetical Commentary on the New Testament, Zondervan, 2018.
  • David A. deSilva, An Introduction to the New Testament: Contexts, Methods & Ministry Formation, 2nd ed., IVP Academic, 2018.