福音書を読んでいると、ふと疑問が浮かびます。

当時のユダヤ人たちは、イエスが語られた言葉を本当に理解していたのでしょうか。

あるいは、もっとも近くにいた弟子たちでさえ、イエスの真意をどれほど受け止めていたのでしょうか。

たとえ話という名の篩

ニコデモは「上から生まれる」というイエスの言葉を聞いて、年老いた者がもう一度母の胎に入ることなどできるのかと反問します(ヨハネ3章)。サマリヤの女は「永遠の命に至る水」と聞いて、もう井戸に水を汲みに来なくてよくなる便利さを思い浮かべます(ヨハネ4章)。イエスが語られる天的な次元の言葉を、聴衆は徹底して地上的な枠組みへと引き戻して受け取ろうとします。

これは単なる知的能力の問題ではないでしょう。人間が手にしている既存の枠組み、すなわち政治的解放への期待や日常の充足を求める思考の中では、神の国の論理を捉えきれないという事実の露呈であるように思われます。

このすれ違いをもっとも鋭く示しているのが、イエスが多く用いられた「たとえ話」です。現代の私たちはしばしば、たとえ話を難しい真理を分かりやすく伝えるための教育的な工夫として理解しています。しかし、福音書が証言するたとえ話の本来の働きは、それとは少し違うように思われます。

マルコの福音書でイエスは、弟子たちに対してたとえ話の目的をこう語られます。

イエスがひとりになられた時、そばにいた者たちが、十二弟子と共に、これらの譬について尋ねた。 そこでイエスは言われた、「あなたがたには神の国の奥義が授けられているが、ほかの者たちには、すべてが譬で語られる。それは『彼らは見るには見るが、認めず、聞くには聞くが、悟らず、悔い改めてゆるされることがない』ためである」。 また彼らに言われた、「あなたがたはこの譬がわからないのか。それでは、どうしてすべての譬がわかるだろうか。

マルコによる福音書4章10-13節(口語訳聖書)

ここでイザヤ書6章が引用されていることは見逃せません。譬え話は真理を平易に開示する道具というよりも、神の国の論理を受け入れる霊的な感受性を持つ者と、現世的な利益や心地よいメッセージだけを求める者とを分かつ、ある種の「篩」として機能している側面があると言えます。

天の言語を地の言語で語り直すという行為そのものが、聴衆の無理解を逆説的に炙り出す装置となっていた。福音書の記述は、そのように私たちに語りかけてくるように思われます。

翻訳という神学的な営み

それでは、当時の聴衆や弟子たちが陥ったこの無理解は、その後どのようにして今日私たちが手にする福音書のテキストへと結実していったのでしょうか。

イエスご自身が日常的に語られた言語は、当時のパレスチナで広く用いられていたアラム語であったと考えられています。しかし、私たちが今読んでいる新約聖書は、言うまでもなくギリシア語で記されています。

この言語の移行は、機械的な逐語訳ではなかったでしょう。ペンテコステにおける聖霊の降臨と、十字架と復活という決定的な出来事を経た後、初代教会と福音書記者たちは、かつて自分たちが理解しきれなかったイエスの言葉を、深く解釈し直したプロセスがそこにはありました。

さらに重要なのは、彼らがゼロからギリシア語の語彙を当てはめたわけではないという点です。彼らは、当時すでにユダヤ社会や初代教会に広く流布していた旧約聖書のギリシア語訳、すなわち七十人訳聖書(セプトゥアギンタ/LXX)の語彙や用例を意図的に取り入れたものと考えられます。

そして、これは単なる翻訳上の便宜ではありません。イエスがアラム語で語られた概念を、七十人訳が持つ旧約的な文脈、すなわち神の長きにわたる救済史の中に接続し、位置づけるという神学的な決断だったと言えます。彼らが無数のギリシア語の語彙の中から特定の単語を選び取った背後には、聖霊の導きのもとで旧約と新約の連続性を見出した、確信に満ちた解釈の営みが息づいているのです。

聖書のテキストとは、生の音声記録の単なる置き換えではなく、「言葉のすれ違い」という深い断絶を乗り越え、イエスの言葉を神の壮大な計画の中に翻訳し直した、初代教会の弟子たちによる解釈学的な格闘の所産であると言えるのではないでしょうか。

弟子たちの無理解という鏡

ところで、福音書を注意深く読みますと、イエスのもっとも近くにいた十二弟子たちでさえ、その真意を取り違え続ける姿が赤裸々に描かれていることに気づきます。

イエスがご自分の十字架と受難についてはっきりと予告しておられるまさにそのとき、弟子たちは自分たちの中で誰が一番偉いかを論じ合っています(マルコ9章)。さらに、御国の右と左の栄光の座を求めて争います(マルコ10章)。

なぜ、初代教会の指導者となるはずのペテロや、他の弟子たちの無理解や失敗が、隠されることなく執拗に記録されているのでしょうか。

それは、当時の弟子たちが霊的に鈍感であったという歴史的事実を伝えるためだけではないはずです。むしろ、この弟子たちの徹底した無理解は、テキストを開く読者に対する一種の鏡として機能しているように思われます。

私たちは普段、すでに結末を知る読者として福音書を開き、なぜ弟子たちはこんなにもイエスの言葉が分からないのかと、第三者の視点から眺めてしまいます。しかし、読み進めるうちに、福音書の記述は反転して、私たち自身に問いを投げかけます。テキストを読んでいる私たち自身もまた、地上的な前提や、自分にとって都合の良い枠組みでイエスを解釈しようとしている、ということがあるのではないでしょうか。

弟子たちのすれ違いは、いつのまにか私たち自身のすれ違いの投影として浮かび上がってくるのです。

生き様としての翻訳

福音書のテキストが、解釈学的な格闘を経て成立しており、しかも私たち読者の認識の前提を揺さぶる鏡として機能し得るのであれば、私たちはどのように御言葉に向き合うべきでしょうか。

少なくとも、翻訳された日本語の字面だけを平面的になぞって、安易に理解したと錯覚することは無防備な態度であると言わざるを得ません。イエスの言葉の背後にある福音書記者の神学的な意図を汲み取るためには、ギリシア語の原語のニュアンスや旧約聖書の文脈へと遡る、地道な聖書研究が助けになります。

しかしここで、ひとつの重要な懸念が生じます。それは、原語や歴史的背景を研究できる者だけがイエスの真意に辿り着けるのだとすれば、それは現代において、知性という新たな篩を作ってしまうことにならないか、という問いです。

当時の弟子たちが最終的にイエスの言葉を理解できたのは、彼らが高度な神学の訓練を受けたからではありませんでした。彼らはイエスが実際に病める者に触れ、罪人と食卓を囲み、十字架へと歩んでいかれたその生き様を共にし、後になってその記憶を呼び起こしたからです。天の論理は、難解な言語としてだけではなく、イエスという人格とその生涯を通して、もっとも力強く地上へと翻訳されていました。

現代を生きる私たちは、生前のイエスを肉眼で見ることはできません。しかし、福音書というテキストの中には、その生き様が鮮やかに記録されています。私たちが聖書を読むとき、単に言語的・歴史的な知識を抽出するだけでなく、そこに描かれたキリストの生涯そのものに触れることが不可欠なのではないでしょうか。深い神学的な探求もまた、一部の専門家のものではなく、その生き様をより深く、立体的に味わうための補助線として用いられるべきものです。

イエスの教えは、当時の人々には十分に理解されてはいなかったのかもしれません。しかし、聖書テキストは今もなお、現代の私たちに対して、自らの前提を離れ、神の言葉とイエスの生き様に向き合っているか、と問い続けています。その真意を探求し続ける歩みは、尽きることのない泉を汲むようなものであると同時に、そのプロセスには、キリストの姿に触れるという、すべての信仰者に開かれた希望が存在しているのだと思います。