キリスト教は、神を「父・子・聖霊」という三つの呼び名で語ります。それでいて、「神はただひとり、唯一の存在である」とも告白します。三でありながら一。この一見矛盾した言い方は、何を意味しているのでしょうか。
三位一体と聞くと、後の時代の神学者たちが哲学を用いてひねり出した、抽象的な理屈のように思われるかもしれません。しかし実際には、この信仰の根は、より古いところにあります。すなわちそれは、新約聖書に記された、最初期の信仰者たちの経験そのものです。この記事では、最初期の信仰者たちが父・子・聖霊をどのように経験したのか、その聖書の証言を手がかりとして、三位一体を見ていきます。
① 聖書が証しする「一つの神」
まず確認しておきたいのは、キリスト教が一神教であるという点です。
イスラエルの信仰の中心には、「聞け、イスラエルよ。主はわれわれの神、主はただひとりである」という申命記の言葉がありました。神はただひとりである、というこの確信は、ユダヤ教から受け継がれた揺るがぬ土台だったのです。初代教会の信仰者たちも、この確信を保ち続けました。
その後、驚くべきことが語られ始めます。たとえばパウロは、もともと厳格な一神教の信仰に生きたユダヤ人でしたが、彼はイエスについて次のように記します。
それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。
ピリピ人への手紙2章10-11節(口語訳聖書)
この箇所は、旧約聖書のイザヤ書に由来します。そこでは、ただひとりの神の前に、すべてのひざがかがむと語られていました。パウロは、その神にのみ向けられるはずの言葉を、ためらうことなくイエスに重ねています。一神教を保ちながら、しかしイエスを神と並べて語るのです。後に三位一体と呼ばれる信仰の最初の兆しが、ここに現れています。
② パウロが経験した三位一体
ここで重要になるのは、順序です。
初代の信仰者たちは、まず「三位一体という教理」を学び、その上で神を信じたわけではありません。順序はその反対でした。彼らはまず、父・子・聖霊として神を経験し、その経験を言い表す言葉を、後から探し求めていったのです。
新約聖書学者のマイケル・ゴーマンは、パウロのこの経験を詳しく論じています。ゴーマンは、リチャード・ヘイズの言葉を引きながら、次のように述べます。
…although Paul did not have “an explicit doctrine” of the Trinity, “he experienced God as Trinity.
Michael J. Gorman, Cruciformity: Paul’s Narrative Spirituality of the Cross, 20th Anniversary Edition (Grand Rapids, MI: William B. Eerdmans Publishing Company, 2021), 71.
パウロは三位一体についての「明示的な教理」を持ってはいなかったにも関わらず、「神を三位一体として経験した」。
明示的な教理はなかった。しかし、経験はあった。この区別が、聖書における三位一体を理解する鍵になると言えるでしょう。
このような経験は、たとえばパウロの祈りの言葉にも表れています。第二コリント書の結びは、次のように記されています。
主イエス・キリストの恵みと、神の愛と、聖霊の交わりとが、あなたがた一同と共にあるように。
コリント人への第二の手紙13章13節(口語訳聖書)
恵みは主キリストから、愛は神から、交わりは聖霊から。一つの祝福が、三つの名で語られています。これは哲学の命題ではなく、礼拝の中で口にされた、生きた祈りでした。
ガラテヤ書には、さらに踏み込んだ表現があります。
しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせ、律法の下に生れさせて、おつかわしになった。 それは、律法の下にある者をあがない出すため、わたしたちに子たる身分を授けるためであった。 (ガラテヤ4:4-5)
ガラテヤ人への手紙4章4-5節(口語訳聖書)
ここでは、父なる神が御子を遣わし、さらに御子の霊を信じる者の心に遣わすことについて、つまり、父・子・聖霊が、一つの救いのみわざの中で分かちがたく働いていることが語られます。パウロはそれを、理屈としてではなく、自分自身と教会が現に味わった現実として描いているのです。
パウロの関心は、神の内部がどういう構造になっているか、という抽象的な問いにはありませんでした。そうではなく、救いのみわざの中で自分たちが現に出会った、父・子・聖霊としての神の働きにありました。後になって、神学用語では、このように救いの経験の中で知られる神のあり方を「経綸的三位一体(economic Trinity)」と呼ぶようになります。パウロが語っているのは、まさにこの次元の三位一体です。神の本質の構造を論じる前に、まず救いの経験の中で知られた神のあり方なのです。
③ 教会による告白の歩み――ニカイアからコンスタンティノポリスへ
もっとも、経験が先にあったとしても、それを正確に言い表すことは、容易ではありませんでした。新約聖書の時代から数えて三百年あまり、信仰者たちは、この神をどう語るべきか、模索を重ねていきます。
その模索が一つの山場を迎えるのが、四世紀です。アレイオス(約250年-336年頃)という人物が、ある主張を唱えました。それは、御子は父なる神によって造られた、最も優れた被造物にすぎない、という考えです。この主張が正しいとすれば、イエスは神そのものではないことになります。
この主張をめぐって、教会は大きく揺れました。そして紀元325年、ニカイアという町に多くの指導者が集まり、議論の末に一つの線を引きます。つまり、御子は造られたものではなく、父と本質を同じくする、というが確認されたのです。このとき用いられた「ホモウーシオス」という言葉は、「本質において一つ」を意味します。父と子は、似ているのでも、並んでいるのでもなく、同じ神の本質を分かち持っていると、教会は言い表したのです。
ただし、ニカイアで議論が尽きたわけではありませんでした。その後の数十年、東方教会では、カパドキア教父と呼ばれる三人の神学者が、この信仰をさらに深く論じ、言葉を整えていきます。カエサリアのバシレイオス、その友人であるナジアンゾスのグレゴリオス、バシレイオスの弟であるニュッサのグレゴリオスです。
彼らの貢献の一つは、聖霊の位置づけを明確にしたことでした。それまでの議論は、父と子の関係に重心があり、聖霊については後回しにされがちでした。カパドキア教父は、聖霊もまた父・子とともに礼拝されるべき神であることを論じ、三位一体の理解を、父と子の二者の関係から、父・子・聖霊の三者の交わりへと広げました。
こうした議論を経て、紀元381年のコンスタンティノポリスの会議で、聖霊についての信仰が信条に書き加えられ、三位一体の告白はおおむね現在の形に定まりました。
ここで避けたい誤解は、会議が三位一体を「発明した」とする見方です。すでに見たように、父・子・聖霊として神を礼拝し、経験する信仰は、最初からそこにありました。会議が行ったのは、その信仰の輪郭をはっきりさせ、誤った理解との境界線を引くことでした。新たに教理を作り出したのではなく、すでに信じられ、礼拝されていた神を、正しく言い表そうとしたのです
なお、教会はこの父・子・聖霊のそれぞれを、神学の言葉で「位格」と呼びます。一つの神が三つの位格において存在する、というのが、この告白の到達点でした。
④ 比喩の限界
三位一体を分かりやすく説明しようとして、古くから多くの比喩が試みられてきました。しかし、その多くは、かえって誤解を招きます。
たとえば、水が氷にも水蒸気にもなるように、一つの神が三つの姿をとるという説明があります。一見巧みなたとえですが、これは古代教会が退けた「様態論」という考えに近づいてしまいます。これでは、父・子・聖霊が、一人の神が場面ごとに見せる三つの「役柄」にすぎないことになり、三つが同時に、永遠に共にあるという信仰が損なわれるからです。
三つ葉のクローバーのように、一つのものに三つの部分があるという説明もあります。しかしこれは反対に、神が三つの部分に分かれていることになり、「神はひとり」という確信を危うくします。
結局のところ、いずれの比喩であれ、どこかで破綻します。これは説明する側の力不足というより、三位一体という現実が、この世界の中に同じ形を持たないことの表れだと言えます。神は、被造物のいずれにもたとえ尽くすことができない。巧みなたとえが見つからないこと自体が、私たちが神について語っていることの一つの証しなのです。
⑤ 「三位一体」という教理が持つ意味――十字架と愛
最後に、なぜこの教理が、単なる難解な理屈ではなく、信仰にとって大切なのかを考えます。
ゴーマンは、三位一体を十字架と結びつけて論じます。父・子・聖霊が一つに結ばれていない場合、十字架はどのように見えてしまうでしょうか。それは、無実で受け身の「子」に、父なる神の怒りが一方的に注がれた場所になってしまう、とゴーマンは指摘します。父と子の心が別々であるなら、十字架は愛の出来事ではなく、刑罰の場面となってしまいます。
しかしパウロにとって、十字架はそのようなものではありませんでした。それは、遣わす父の愛と、死にゆく子の愛とが、一つの霊の働きによって現実となる場所でした。父が愛をもって御子を遣わし、子が愛をもって死に、聖霊がその愛を信じる者の心に注ぐ。十字架は、三位一体の神が一体となって愛しておられることの現れだったのです。
「神は愛である」とヨハネの手紙は語ります。この言葉が深い意味を持つのは、神が三位一体だからです。教会の伝統的な信仰によれば、神は世界を造る前から、父・子・聖霊の愛の交わりとして存在しておられました。愛するために相手を必要とするのではなく、神ご自身がもともと愛の交わりでした。三位一体とは、つまるところ、『神は愛である』という告白を支える言葉なのです。
⑥ さらに学びたい方へ――この記事の射程
この記事は、パウロの経験という出発点から三位一体を論じてきました。また、新約聖書学者ゴーマンの視点にも多くを負っています。十字架と愛から三位一体を捉えるこの見方は、聖書に深く根ざした、有力な視点の一つです。
ただし、三位一体論の世界は、これよりはるかに広いものです。東方教会と西方教会は、同じ三位一体を信じながら、その強調点を微妙に異にしてきました。神を父・子・聖霊の「交わり」として捉え直す試みは、二十世紀後半の神学を活気づける一方で、近年は慎重な見直しも受けています。古代の教父たちが「位格」という言葉に込めた意味も、今なお研究者が論じ続ける主題です。三位一体をめぐる議論は、決して過去に決着したものではなく、現代においても続いています。
本記事は、そのような三位一体という広い主題への、一つの導入にすぎません。当サイトでも、これらの主題をいずれ個別に取り上げていく予定です。
ぼくどくメモ
三位一体ほど、理解し難い教えはないかもしれません。なんとか説明しようとしても、色々な比喩を使ってみても、必ずどこかで行き詰まります。
そこで、大事なことは、視点の転換です。つまり、三位一体は、解いて納得するための問題ではなく、その前で礼拝するための現実だということです。初代の信仰者たちも、理屈が先にあったわけではありませんでした。御父を仰ぎ、御子に従い、御霊に生かされる。その生きた経験の中で、神がこのようなお方であることが示されていったのです。
ただ、このような行き詰まりは、私たちの頭が鈍いことの証拠ではないと思います。むしろ、相手が私たちの理解を超えた神だからこそ、すっきりと説明し尽くせない。説明しきれないということが、かえって、これが本当に神についての事柄であることを指し示しているように思います。
おそらく、すべてのクリスチャンが、三位一体を完全に理解しているわけでも、完全に説明できるわけでもありません。しかし、それでもこの神を礼拝しています。分からなさを抱えながら、なお信じ、なお礼拝する。そして、分からないからこそ、問い続け、学び続けるのです。
参考文献:
Michael J. Gorman, Cruciformity: Paul’s Narrative Spirituality of the Cross, 20th Anniversary Edition(Eerdmans, 2021)
A・E・マクグラス、神代真砂実訳『キリスト教神学入門』(教文館、2002年)
