はじめに——第一回で触れた「未解決の問い」
共観福音書シリーズの第一回で、マタイとルカが共通して使ったとされる「Q資料」という文書に触れました。その際は「現在は失われた文書」とだけ説明して先に進みましたが、「Q資料って結局何なの?」と気になった方もいらっしゃるかもしれません。この番外編では、そのQ資料について改めて考えてみます。
共観福音書問題のおさらい
Q資料を理解するために、まず共観福音書問題を簡単に整理しておきましょう。
マタイ・マルコ・ルカの三つの共観福音書は、内容や表現が非常によく似ています。この類似をどう説明するか、というのが「共観福音書問題」です。現在多くの学者が支持する「二資料仮説」によれば、マタイとルカはそれぞれ二つの共通資料を使いました。一つはマルコ福音書、そしてもう一つがQ資料です。
Q資料とは何か
「Q」という名前は、ドイツ語で「源」を意味する「Quelle(クヴェレ)」の頭文字からきています。19世紀のドイツ聖書学の中でこの仮説が発展したため、ドイツ語の名前がそのまま定着しました。
Q資料の特徴は、マタイとルカの両方に登場するにもかかわらず、マルコには見られない内容のまとまりがある、という観察から導き出されています。たとえば「山上の説教」(マタイ5〜7章)と「平地の説教」(ルカ6章)は多くの共通内容を持っています。またバプテスマのヨハネの言葉、イエスの誘惑の記事、主の祈りなども、Q資料に含まれると考えられている箇所です。
重要なのは、Q資料そのものは現存していない、という点です。誰もQ資料の写本を見たことがありません。あくまでも、マタイとルカの共通内容を説明するために「こういう文書があったはずだ」と推測された仮説上の文書です。
Q資料の存在を支持する根拠
Q資料の存在を支持する学者たちは、主に二つの根拠を挙げます。
一つ目は、マタイとルカの共通内容があまりにも一致している、という点です。単に似ているだけでなく、言葉の順序や表現が細部まで一致する箇所があります。これは両者が共通の文書を参照したと考えるのが最も自然だ、というわけです。
二つ目は、マタイとルカがそれぞれ独立して書かれたと考えられる点です。もしマタイがルカを参照した、あるいはルカがマタイを参照したとすれば、Q資料を想定する必要はありません。しかし二資料仮説においては、マタイとルカは互いを知らずに書いたとされており、その場合、共通内容を説明するには別の共通資料が必要になります。
Q資料に懐疑的な立場
一方、Q資料の存在に懐疑的な学者たちもいます。
最も有力な対案の一つが「ファーラー仮説(Farrer Hypothesis)」です。この説によれば、マルコが最初に書かれ、マタイがマルコを使い、そしてルカがマルコとマタイの両方を使った、と考えます。この立場ではQ資料を想定する必要がなくなります。
また根本的な批判として、「存在しない文書を根拠に議論を組み立てることには限界がある」という指摘もあります。Q資料の内容や範囲は学者によって異なり、「Q資料にはこう書かれていた」という議論は、結局のところ推測の上に推測を重ねることになる、というわけです。
Q資料をどう受け止めるか
Q資料は、現存する証拠がない以上、あくまでも「仮説」です。しかしその仮説は、共観福音書の類似という実際のテキストの観察から生まれており、根拠のない空想ではありません。
大切なのは、Q資料の存在を「信じるか信じないか」という二択で考えないことかもしれません。「なぜマタイとルカはこれほど似ているのか」という問いに誠実に向き合う中で、Q資料仮説は一つの合理的な説明として提案されています。その問いを持ちながらテキストを読むことが、共観福音書をより深く理解することへとつながるのではないでしょうか。
さらに学びたい方へ
Q資料について日本語でさらに学びたい方には、山田耕太氏の著作が手に取りやすい資料としてお勧めです。専門的に学びたい方には『Q文書 -訳文とテキスト・注解・修辞学的研究-』を、まず概要を知りたい方には携帯版『Q文書』(ヨベル新書、2024年)を手に取ってみてください。
その他の参考文献については第一回の記事をご参照ください。
