終末論はキリスト教神学において広い射程を持つテーマですが、現在、本サイトで集中的に扱っているのは、新約聖書のパウロ書簡に見られる終末論です。Constantine R. Campbellの『Paul and the Hope of Glory』を主要なガイドにした連載が中心となっています。今後、共観福音書の黙示文学的言語やキリスト教の死生観など、終末論に隣接するテーマも順次このページに加えていきます。

パウロの終末論を読む(全12回)

「終末論」という言葉は、世の終わりや最後の審判(裁き)といった、どこか遠い世界の出来事を連想させがちです。あるいは「あの世の話」「自分の日常とは関係のないこと」として、教会の説教の中でも遠回しに触れられることが多いテーマでもあります。

しかしパウロにとって、終末論はそのような「遠い場所の出来事」ではありませんでした。キリストの死と復活と昇天という過去の出来事から、再臨と最後の審判という未来の出来事までを貫いて、信仰者の現在の生を内側から形作っているもの、それがパウロの終末論なのです。

この連載は、Constantine R. Campbellの Paul and the Hope of Glory: An Exegetical and Theological Study (Zondervan Academic, 2020)を主要なガイドにしながら、12回にわたってパウロの終末論を読み解いた記録です。Campbellは釈義的な厳密さと教会への奉仕を両立させる現代のパウロ研究者の一人で、本書はそのもっとも円熟した一冊にあたります。

連載を貫くのはコロサイ書1章27節の言葉です。「あなたがたのうちにおられるキリスト、すなわち栄光の望み」。パウロの終末論は、最終的にこの「栄光の望み」を指し示しています。

読み方

通読する場合は第1回から順番に読むことをお勧めします。特定のテーマから入る場合は、下記のテーマ別の入口が便利です。

Ⅰ. 終末論を理解する枠組み(第1〜3回)

「終末論」という言葉そのものの意味、「すでに/いまだ」という独特の時間構造、そして黙示文学的な言語といった、連載全体の土台となる議論を扱います。

Ⅱ. キリストにおける終末論的出来事(第4〜8回)

パウロの終末論はキリスト中心です。キリストの死・復活・昇天という過去の出来事から、信仰者の体の復活、再臨と最後の審判、新創造、永遠の命と相続まで、来るべき時代の出来事を順にたどります。

Ⅲ. 今、ここで終末論を生きる(第9〜11回)

来るべき時代の現実は、信仰者の現在の生をどう形作るのか。希望と栄光、聖霊の働き、教会と働きと被造物との関わりといった日常の領域を扱います。

Ⅳ. 連載の結び(第12回)

Campbellの本のタイトルに立ち返り、連載全体を「栄光の望み」という一語から俯瞰したまとめ。

用語集

連載で何度か登場した重要なギリシア語と神学用語の意味を、簡単にまとめておきます。

「すでに」と「いまだ」(already / not yet):新約聖書の終末論を理解する鍵となる構造。来るべき時代がすでにキリストにおいて到来している一方で、その完成はいまだ将来に待たれているという、現在の時代の二重性を表現します。第2回参照。

エルピス(ἐλπίς):「望み・希望」と訳される語。日本語の「希望」が含む願望のニュアンスとは異なり、神の約束と過去の真実さに根ざした確かな期待を意味します。第9回参照。

ドクサ(δόξα):「栄光」と訳される語。旧約聖書のヘブル語カボッド(כָּבוֹד、重み・輝き・栄光)を訳すために用いられたことで、神ご自身の輝かしい自己顕現を指す語となりました。第9回参照。

パルーシア(παρουσία):「到来・臨在」を意味する語で、新約聖書ではキリストの再来を指します。単なる「来ること」ではなく、王の到来を意味する語です。第6回・第12回参照。

アラボーン(ἀρραβών):商取引で用いられた「手付金・保証金」を意味する語。聖霊が相続の確かな保証として与えられていることを示す比喩として、エペソ書1:14などで用いられています。第10回参照。

アパルケー(ἀπαρχή):「初穂」を意味する語。収穫の最初の一握りであり、収穫全体の到来を保証するしるしであると同時に、収穫そのものの一部です。聖霊や復活したキリストを表すのに用いられます。第10回参照。

ミュステリオン(μυστήριον):「奥義」と訳される語。神の隠された計画がキリストにおいて啓示されたという、黙示文学的な含意を持つ語。第3回参照。

共観福音書の黙示文学的言語(準備中)

マルコ13章、マタイ24〜25章、ルカ21章を中心に、共観福音書における終末論的言語を扱う連載を準備中です。

終末論に関する個別の記事

キリスト教の死生観(準備中)

キリスト教における死と死後の理解について、中間状態論争を含めて扱う単発記事を構想中です。

今後追加予定

終末論と隣接するテーマとして、上記のほかにも以下を構想しています。

  • (順次追加予定)