「キリスト教ってどんな宗教?」では、聖書が旧約・新約の二部からなること、プロテスタントでは66巻、カトリックでは73巻であることなどに触れました。その一方で、このような問いも残っています。

そもそもこの本は、どのようにしてできたのでしょうか。誰が、いつ、これを「聖書」と決めたのでしょうか。

この記事では、聖書が生まれ、集められ、「聖書」として確定していった歩みをたどります。そして最後に、人間の手で書かれたこれらの文書を、なぜ教会が「神の言葉」と呼ぶのかを考えてみます。

① 聖書は一冊の本ではない:「図書館」としての聖書

「聖書」と聞くと、一人の人が一気に書き下ろした一冊の本を思い浮かべるかもしれません。ですが、実際の聖書は、それとはずいぶん違います。

聖書は、非常に長い年月をかけて、多くの異なる著者によって書かれた文書の集まりです。書かれた言語も一つではなく、旧約の大部分はヘブル語、一部はアラム語、新約はギリシア語で記されました。著者たちの背景もさまざまで、社会的な立場も、生きた時代も、一人ひとり大きく異なっていました。

また、そこに含まれるジャンルも多彩です。天地の始まりを語る物語、民の歩みを記した歴史、神への祈りである詩、生きる知恵を集めた格言、神の言葉を告げる預言、そして手紙。聖書は、一冊の本というより、多様な書物が一つの棚に集められた「図書館」にたとえるほうがふさわしいように思います。

では、この図書館のような「聖書」は、どのように形づくられていったのでしょうか。

② 旧約聖書はどう生まれたか

旧約聖書は、イスラエルという民の長い歴史の中で形づくられていきました。

神がアブラハムを選び、モーセを通して民を導き、律法を与え、王たちの時代を経て、預言者たちが語りかけ、人々が祈りと知恵を書きとめていく、そうした歩みの中で、律法・歴史・詩・預言といった文書が生まれ、世代から世代へと受け継がれていきました。はじめは語り伝えられていたものが、やがて文字に記され、巻物にまとめられていったと考えられます。

これらの文書がユダヤ教の聖典として固まっていった時期については諸説ありますが、長い受容の歴史を経て、現在の旧約聖書にあたる範囲が定まっていきました。

たとえば、旧約聖書の最初の五つの書(いわゆる『モーセ五書』)については、近代以降、その成立をめぐる議論が重ねられてきました。もともと別々に伝えられていた複数の資料が、後の時代に編集されて今の形になった、とする見方です。

ただ、これらは性質として、仮説の上にさらに仮説を重ねていく面を持っており、近年では、その前提そのものが学界の内部でも問い直されるようになっています。当サイトとしては、こうした議論があることを認識したうえで、伝統的に伝えられてきた著者理解を尊重する立場をとっています。入門の段階では、資料の細かな区分よりも、これらの文書がイスラエルの信仰の歩みの中で大切に受け継がれてきた、という事実のほうが重要だと考えるからです。

③ 新約聖書はどう生まれたか

新約聖書は、イエス・キリストの死と復活ののち、比較的短い期間のうちに生まれました。

意外に思われるかもしれませんが、最初に書かれたのは福音書ではありません。イエスの復活ののち、まず弟子たちは口頭で福音を宣べ伝えました。文字に先立って、語りによる証言があったのです。やがて、各地に生まれた教会に宛てて、パウロが手紙を書き送ります。早い時期に書かれたものの中には、このパウロの手紙が含まれていました。

福音書、すなわちマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネが書きとめられたのは、その後のことです。イエスを直接知る世代が少しずつこの世を去っていく中で、その生涯と教えを確かな形で残そうとする動きが生まれました。こうして一世紀のうちに、新約聖書の主要な文書が出そろっていきました。

④ どのように「正典」が決まったのか

次に、多くの人が気になる問いに進みましょう。新約聖書の二十七巻は、誰が、どのようにして選んだのでしょうか。

まず押さえておきたいのは、これは「ある日、教会が会議を開いて一方的に決めた」というようなものではなかった、という点です。正典の確定は、実際には数百年にわたる長いプロセスでした。

興味深いことに、初期の教会は、新約の文書一式をすぐに必要としたわけではありませんでした。彼らはすでに旧約聖書を持っていましたし、イエスを直接知る人々がまだ生きていて、その証言を直に聞くことができました。また、世の終わりが近いと考えていたため、わざわざ文書に残すという発想が、初めのうちは強くなかったのです。

状況が変わるきっかけの一つが、教会の外から現れました。二世紀、マルキオンという人物が、旧約聖書を退け、ごく限られた文書だけを集めた独自の「聖書」を作ろうとしたのです。こうした動きに直面して、正統的な教会は「では、本当に信頼できる文書の範囲はどこまでなのか」を、あらためて確認する必要に迫られました。

確認にあたって目安とされたものの一つが、「使徒性」と呼ばれる基準です。その文書が、イエスの十二使徒、あるいはその身近な同伴者に由来するかどうか。加えて、すでに多くの教会で広く読まれ、礼拝で用いられ、信仰の基準と一致しているかどうか。こうした目安に照らして、すでに事実上権威を認められていた文書が、正典として確認・確定されていったのです。

四世紀の後半には、現在の二十七巻とほぼ一致する一覧が示されるようになります。大切なのは、教会が文書に権威を「与えた」というより、すでに諸教会の信仰生活の中で権威をもって受け入れられていた文書を、教会が「見分け、確認した」という順序です。

なお、旧約に含める範囲をめぐるカトリックとプロテスタントの違い(第二正典)については、「キリスト教ってどんな宗教?」の記事で触れたとおりです。

⑤ なぜ「神の言葉」と呼ぶのか:霊感と権威

ここまで見てきたように、聖書は、それぞれの時代に、それぞれの個性と文体を持った人間によって書かれました。では、なぜ教会はこれを、単なる古い文書の集まりではなく、「神の言葉」と呼ぶのでしょうか。

ここで鍵になるのが、聖書は神の霊によって生み出された、という信仰です。神がそれぞれの著者を通してご自身を語られた、という理解で、神学ではこれを「霊感」と呼びます。世間でいういわゆるスピリチュアルのことではなく、もとは「神が息を吹き込む」という意味あいの言葉です。

注意したいのは、これは「著者が機械のように口述筆記しただけだ」という意味ではない、ということです。聖書を読めば、パウロにはパウロの語り口があり、ルカにはルカの筆致があることがわかります。それぞれの人間性も、置かれた状況も、消されているわけではいません。にもかかわらず、その人間の言葉を通して、神がご自身を語られました。霊感とは、そのような理解です。神は人間性を無くすのではなく、むしろそれを用いて語られたと考えるのです。

そして、神が語られた言葉であるからこそ、聖書は教会にとって「権威」を持ちます。信仰と生活の拠り所として、聖書は二千年のあいだ、読まれ、語られ、生きられてきました。聖書が「神の言葉」と呼ばれるのは、それが古いからでも、美しいからでもなく、そこを通して神が今も語りかけてくださると信じられているからなのです。

ぼくどくメモ

聖書が「正典」として定められた経緯は、非常に興味深いものがあります。確かに聖書は「神のことば」ですが、同時に、人によって書かれたものでもあります。

これは一見すると、矛盾することのように思われます。そして、多くの場合、どちらかに振り切って考えられることがあります。

しかし、これは聖書に特有のありようだと思います。神のことばが、神のことばでありながら、人間の手によって書かれたということは、イエスが神であり、人であることとどこか通じています。人間が罪人でありながら、栄光あるものとされていることとも似ています。

ですので、聖書を理解するためには、この二つの視点が必要なのだと思います。つまり、聖書を神のことばとして厳粛に、謙虚に受け取ること。しかし、同時にそのことばをよく吟味し、調べること。そのような態度を持って、聖書を学ぶ者でありたいと思っています。

参考文献

辻学・水野隆一・嶺重淑・樋口進著『聖書の解釈と正典(開かれた「読み」を目指して)』(キリスト新聞社、2007年)

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