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ヨハネの福音書における「さばき主」——追い出すのではなく見つけ出す方
ヨハネの福音書を読んでいて、ある種の緊張に気づくことがあります。 例えば、「神が御子を世につかわされ…
小さな経済圏の実践として
最初のさつまいもの苗を植えてから、一週間ほどが経ちました。植えた時よりも葉が大きくなっているので、…
資本主義社会の狭間で「もう一つの生き方」を提示する教会
記録的な円安、物価の高騰、そして金利の上昇。私たちの日常は今、資本主義という巨大なシステムの波に大…
Chapter 6:空港のボードと背伸びをしたカフェラテ|自動ドアの向こう側
荷物を回収し、ゲートの先にある到着ロビーへ向かった。 多くの人でごった返すブリスベン空港。さすがはオ…
マイケル・ゴーマンとは誰か|ゴーマンと参与の神学#1
「マイケル・ゴーマン」と聞いて、ピンとくる方は日本ではまだそれほど多くないかもしれません。それとい…
「参与論」とは何か
パウロ書簡を読んでいると、ある表現が繰り返し使われていることに気がつくのではないでしょうか。 「キリ…
「原罪」をどう考えるか――アダムの行為と諸力の支配
はじめに 「原罪」という言葉から、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。多くの方は、アダムがエデンの園…
栄化とは何か
これまで、罪・贖罪・義認・聖化と見てきましたが、今回で「救いとは何か」シリーズは最終回になります。 …
聖化とは何か――キリストにあって生きる
「救いとは何か」シリーズの第5回。これまで、罪・贖罪・義認について考えてきました。 第3回で扱った義認…