聖書原語と古代語訳研究の泰斗である村岡崇光氏が、ヘブル語・ギリシア語・アラム語といった聖書原語の世界を、研究者以外の一般読者に開こうとした書である。学術書ではなく、専門用語や原語引用を最小限に抑え、著者自身の発見や経験を交えて書かれている。

本書の核心は、原語の細部——たとえばヘブライ語の前置詞ひとつ——が、聖書の解釈を大きく変えうるという読みの経験を、読者と共有することにある。創世記38章のタマル物語が、ある前置詞の理解によって「いやらしい話」から「祝福の物語」へと反転する経緯は、本書のなかでもっとも印象的な箇所である。この読みは『新改訳2017』にも反映された。後半では、旧約と新約をつなぐ「最古の注解書」として七十人訳聖書の意義が語られる。

ただし、こうしたエピソード中心の構成は、原語学習の体系的な入門としては機能しない。著者自身が認めるとおり、本書を読むことと原語を実際に読めるようになることの間には、なお大きな距離がある。

それでも、翻訳聖書を読み続ける信徒・牧師が、翻訳の背後で動いている言語的・歴史的な厚みを垣間見るための入口として、本書は読みやすい部類に入るだろう。