「世界は滅びるのか、それとも刷新されるのか」
終末について考えるとき、この問いは避けて通れません。ハリウッド映画や黙示録的なイメージでは、終末はしばしば世界の破壊として描かれます。地は焼き尽くされ、天は巻き物のように巻かれ、すべてが消え去る。そういうイメージです。
ですが、パウロが語る「新しい創造」は、それとは異なる様相を呈しています。つまり、古いものが廃棄されて別のものに置き換わるのではなく、この世界そのものがキリストにあって新しくされるということです。他の記事でも触れてきた審判や復活も、この「新しい創造」という大きなビジョンの中に位置づけられています。
今回は、パウロが語る新しい創造について考えてみたいと思います。
置き換えではなく刷新
パウロの新創造理解を理解する鍵は、「置き換え」と「刷新」の違いにあります。
Paul does not imagine a new creation that will replace the old, as though there are two creations. For Paul, there is only one created order. Creation will be renewed to such an extent that it can be called “new,” but it is not new in the sense of replacement but in the sense of renewal.
Constantine R. Campbell, Paul and the Hope of Glory: An Exegetical and Theological Study (Grand Rapids, MI: Zondervan Academic, 2020), 459.
[拙訳]パウロは、古い創造に取って代わる新しい創造を、二つの創造があるかのようには考えていません。パウロにとって、創造の秩序はただ一つです。創造は『新しい』と呼ばれるほどに刷新されますが、それは『置き換え』という意味での新しさではなく、『刷新』という意味での新しさなのです。
パウロにとって、創造はひとつしかありません。神がはじめに造られたこの世界が、キリストにあって徹底的に新しくされる。これがパウロのビジョンです。新しい創造は、古い創造を捨てて別の世界を造り直すことではなく、この世界がその本来の姿に戻されることなのです。
この違いは、信仰生活に大きな影響を与えます。もし世界が最終的に破壊されて消えてしまうのなら、この世での営み、すなわち、働き、学び、人間関係、文化、自然環境といったすべては、究極的には無意味なものになりかねません。「どうせ滅びるのだから」という諦めが、信仰者の日常を空虚にしてしまう危険があります。
しかし、パウロの視点はそうではありません。この世界が刷新されるのなら、今ここでの営みは終末に繋がっていく可能性を持っています。
呻く被造物
パウロは、ローマの信徒への手紙8章で印象深い描写を残しています。
被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。 なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、 かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。
ローマ人への手紙8章19-22節(口語訳聖書)
この箇所には、いくつかの重要な視点が含まれています。第一に、被造物は単なる背景や付随物ではなく、自ら呻き、期待し、解放を待ち望む主体として描かれていること。第二に、被造物の運命は人間の運命と固く結びついていること。「神の子たちの現れ」というのは、信仰者がからだの復活と栄光化によって神の子としての真の姿に至ることを指しています。人間の贖いが完成するとき、被造物もまた解放されるのです。
したがって、このところで示されていることは、まさにキリスト教信仰における「救い」の射程だと言えます。救いは個人の魂だけの問題ではありません。人間と被造物が共に、神による刷新(新しい創造)の対象とされているのです。
新しい創造は人間から始まる
では、この宇宙的な「新しい創造」はいつ始まるのでしょうか。
パウロの答えは興味深いものです。つまり、新しい創造は、人類の贖いから始まる、というのが彼の視点です。パウロは「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です」(2コリ5:17)、「キリスト・イエスにあっては、割礼を受けているか受けていないかは問題ではなく、大事なのは新しく造られることです」(ガラ6:15)と書いています。
このように、キリストを信じる者はすでに新しく創造されたものなのです。確かに、被造物全体の刷新はまだ来ていませんが、キリストに結び合わされた信仰者は、すでに新しい創造の先駆けとしてこの時代を生きています。
これは過去の記事でも見てきた「すでに」と「いまだ」の構造そのものです。
新しい創造は、キリストの復活において決定的に始まりました。そして信仰者は、そのキリストとの結び合わせによって、すでにこの新しい創造の最初の実として存在しています。やがて時が満ちるとき、この新しい創造は被造物全体へと広がっていくのです。
このことと響き合うよく知られたパウロの言葉があります。第一コリンと13章の末尾で、パウロは「このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」(1コリ13:13)と書いています。「いつまでも存続するもの」という言葉は、来たるべき新しい時代にも残るもの、つまり、愛とは新しい創造の中心において色褪せることのない価値観なのです。
したがって、信仰者がすでに新しい創造として生きているとは、抽象的な地位の話ではありません。それは、この時代の中で、来たるべき時代の価値観を先取りして生きることです。愛を持つ者として、赦す者として、仕える者として生きること。これらは単なる道徳律ではなく、新しい創造の先駆けとしての具体的な生き方なのです。パウロが書簡のあらゆるところで倫理的な勧告を繰り返すのは、このためでしょう。信仰者の日常が、新しい時代の質をすでにこの世界に持ち込んでいる。そのような視点がパウロにはあります。
対立する声――ペテロの手紙二と黙示録
ただし、新約聖書の中には、パウロとは少し異なるトーンで終末を描いている箇所もあります。
ペテロの手紙第二3章は、天が激しい音を立てて消え去り、諸要素が焼かれて溶け去ると描いています。黙示録19章から22章にかけても、古い天地が去って新しい天と新しい地が現れるという描写があります。これらはパウロの「刷新」という視点と矛盾するように見えるかもしれません。
しかし、この違いは必ずしも神学的な対立を意味しません。ペテロの手紙第二も黙示録も、黙示文学特有の劇的なイメージを用いて、悪の終わりと新しい現実の到来を描いています。また、以前も触れたように、ペテロの手紙第二3:10には「地とそこにあるすべてのわざは暴かれる」という古い写本の読みがあり、これは「破壊」よりも「暴露と浄化」に近い意味を持ちます。
また、黙示録の描く「新しいエルサレム」には「いのちの木」が中心にあります(黙示録22:2)。このいのちの木は、創世記2章のエデンの園の中央にあったあの木です。つまり、黙示録のビジョンも、まったく新しい世界の登場ではなく、最初の創造の回復と完成という性格を持っているのです。
これらの文書とパウロの間には確かに強調点の違いがあります。しかし、根本にあるビジョン、すなわち悪が取り除かれ、創造が本来の姿を回復するという希望は、共通していると言えます。
新しい創造の希望が今を照らす
新しい創造についてのパウロのビジョンは、信仰者の日常に深い意味を与えます。
この世界がキリストにあって刷新されるのなら、今ここでなされる働きは決して無駄にはなりません。隣人への愛、被造物への配慮、誠実な仕事、平和への努力、こうしたすべてが、やがて刷新される世界に繋がっていく可能性を持っています。もちろん、人間のわざが新しい創造をもたらすわけではありません。それは神のわざです。しかし信仰者は、すでに新しい創造の最初の実とされた者として、来たるべき刷新の先取りを生きることが「今」できるのです。
この視点は、世界からの逃避とも、世界への過剰な楽観とも異なります。パウロは世界の悲惨さを知っていました。被造物が呻いていることを認めていました。しかし、その呻きの向こう側に、神による刷新を見据えていました。その希望が、呻きの中にある現実を支え、方向づけていたのです。
ぼくどくメモ
「新しい天と新しい地」という言葉には、どこか遠い未来の話のような響きがあります。しかしパウロの視点では、その新しい創造はすでに始まっていて、キリストを信じる者はその最初の実として招かれている、ということになります。
このことを考えるとき、日常の一つひとつの営みの重みが少し変わって感じられます。洗濯物を干すこと、食事を作ること、隣人と挨拶を交わすこと、祈ること。こうした小さな営みも、被造物の呻きに応答し、新しい創造への期待を生きることの一部であるのかもしれません。
世界は破壊されて終わるのではなく、刷新されて完成される。この希望が、絶望に打ちひしがれそうになるなる今日の歩みを支えてくれるように思います。
参考文献:C. R. Campbell, Paul and the Hope of Glory (Zondervan Academic, 2020)
